10、大商団襲撃事件、勃発
団長の厚意で一晩宿泊テントで停めてもらい、その翌日。
欠伸をしながら外に出てみると、朝っぱらから大商団の面々が妙にバタバタと忙しく動き回っていた。
開店の準備をしている……わけではなさそうだが……?
「何があったんだ?」
「──どうやら、昨晩に団員二人が何者かに襲われたらしい。幸いにも命に別状は無かったが、当の二人は店を出せる状況ではないようだな」
と、俺の隣に寄ってきたリューシンが詳しい事情を説明してくれる。
これはまぁ……情報が早いというか、随分と頼りになることで……。
「昨晩ねぇ……それが発覚したのはいつのことなんだ?」
「今朝方、開店準備をしようとした団員が発見したとのことだ」
「……」
「何か気になるのか?」
「いや、ちょいと発覚すんのが遅くね? って思っただけだ。人が怪我するほどの事態が起こったんなら、昨夜の段階で誰かが気付きそうなもんだけどな」
「そもそも突発的な襲撃ではなかったのかも知れんな。だとすると……」
「人目が無くて、視界が悪い夜間に動き、物音を立てずに、片付けが遅れた団員を襲撃……即ち、『手慣れた奴』による『計画的な』犯行だった可能性は大いに有りだ」
「……もしや。昨日は聞きそびれてしまったが、オールダム団長が張り出した『依頼書』に何か関係があるのか……?」
『命を狙われている、助けて欲しい』
この文面から推察するに、オールダム団長は今回の事変が起こることを予め予見していた……ということだろうか?
それにしては……。
うーむ……。
何だろうか、この妙な違和感は……。
「こりゃぁ、改めて団長に問い詰めてみる必要がありそうだな」
「────オヤビンさんっ!」
甲高い呼び声に反応してそちらを見ると、大柄の少女キューネが手を振りながらパタパタとこちらへ駆け寄ってくるのが見えた。
相変わらずバンダナを頭に被り、腰にはエプロンを着けて、まるで今から屋台でも開くような格好だが……。
「キューネ、お前その格好……」
「はい。実は、怪我でお店を出せなくなった団員さんに代わって、お店を開くことになったのです」
「ん? だが、君は昨日新たに入団した新入りだとニロから聞いたが……」
「それは……えっ、あっ! も、もしかして……貴方様が……こ、公認勇者様、ですか……っ!?」
「様付けなんて辞めてくれ。私はリューシンだ、もっと気軽に呼んでくれればいい」
「あっ、は、はい……あ、ありがとうございます……?」
「それで? お前、いきなり店を開くなんて大丈夫なのか?」
「本当は看病して差し上げたかったのですが、自分の代わりに大商団を盛り上げて欲しいって言われてしまいまして……突然のことではありますが、皆様の想いを無駄にしないように、わたくし頑張ってきますっ!」
「やる気だけは一丁前だな」
「そ、それで、その……やはり最初は緊張する、ので……オヤビンさんと皆さんに、お客様第一号になって頂けませんか……!?」
「なるほど、そういうことか」
モジモジとお願いしてきたキューネの言葉を聞いた俺は、横目でリューシンを見上げる。
彼はキューネへと一歩進み出ると、柔らかい笑みを浮かべながらこんな提案を投げ掛けた。
「それなら、私もお邪魔してもいいだろうか? 丁度、朝の腹ごしらえをどうしようか考えていたところだ。是非とも、君の健闘に激励を送らせてくれ」
「リューシンさん……はいっ、喜んでっ!」
「お前さ……サラッとそういうこと言えるの、何か怖ぇな……」
「ん? 何の話だ?」
「なんでもねぇよ」
「あの、ところでオヤビンさん? ニロさんは大丈夫なのですか?」
「心配すんな。あいつは夜更かししてまだ寝てるだけだ」
「あぁ、なるほどです……」
後でニロから小言を言われるかも知れないが、まぁ自業自得ということで。
俺とリューシンはキューネの先導で店に赴き、彼女が作ってくれた朝食を堪能するのだった。
ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー
「すぅ、すぅ……オヤビぃン、ボクをさし置いて、美味しいモノ、ズルいぃ~……むにゃ……」
魔王さまとリューシンが出ていった宿泊テントで、ニロは足を投げ出すようにして気持ちよく眠っている。
他に宿泊客は居らず、半ば彼らの貸し切り状態となっていたが……。
「────おい、コイツがそうだったよな?」
部屋の中に、二人の男が足音を殺して入ってきた。
彼らは冷たい目付きで、気持ち良さそうな寝顔で寝言を呟くニロのことを見下ろす。
その手には、錆び付いた鉄棒が握られていた。
「あぁ。いいか、手加減するな────徹底的に、ヤッちまえ」
彼らはヒッソリとニロの枕元にまで忍び寄る。
そして……。
手にした鉄棒を大きく振り上げて────。
ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー
キューネの元で朝食を終えた後は早速本部テントへと足を運び、相変わらずテキパキと事務をこなしている可憐な受付嬢へと声を掛ける。
「よぉ、受付の姉ちゃん。オールダム団長はいるか?」
「──!」
「未空、人に頼む時はもう少し適切な頼み方があるんじゃないか?」
「ほっとけ」
俺のオカンかコイツは……。
リューシンの躾染みた言葉に、俺はウンザリして肩を落とす。
すると、受付嬢は少し考えるようにしてこう尋ねてきた。
「……お二方は、『公認勇者』の一員……でしたよね?」
「あぁ、そうだ」
「ちょっと待て。何で既に俺が一員みてぇになムグっ!」
反射的に反論しようとしたところで、スッとリューシンに口を塞がれる。そして、俺にだけに聞こえる声で囁いてきた。
(何故彼女が君を公認勇者だと思っているのかは知らないが……話を聞き出すにはその方が何かと都合が良いと思う。君はどう思う?)
「……ふぁ、ふぁひはに(まぁ、確かに)」
そういえば、ニロが声を大にして「ボクらは『公認勇者』なんですっ!」って明言していたっけ。チグサの作戦とはいえ、面倒臭いことになってきたな……。
受付嬢は「分かりました」と言うと、受付奥の応接室へと俺たちを案内する。
そこには、既にオールダム団長が席に座り、俺たち二人を迎え入れた。
「公認勇者の諸君、昨日はよく眠れたかね?」
「……?」
「寝床を貸して頂き感謝する、オールダム団長。それでなのだが、昨日聞きそびれた件について、改めて詳しいお尋ねしたい」
「『依頼書』の件か」
「あぁ、まさしく。『命を狙われている』とはどういう意味なのか、教えて貰いたい。何故、いつ、どこで、そのように思ったのか────」
「──昨夜、私の団員が何者かに襲撃された」
「それは……心中お察知する。一体、何者の仕業なのか……それを知る手掛かりを────」
突如、リューシンの言葉を遮るように、団長が口を挟む。
リューシンは反射的に口を止め、即座に団長に寄り添うような言葉を返した。
紳士的というか……中々に対応力があるな……。
「──何故、防げなかった?」
再び、遮る。
何やら、こちらに発言する余地を与えるつもりがない……という団長の心情を察し、リューシンは言葉を切って彼の主張に静かに耳を傾けた。
「……何故、とは?」
「『公認勇者』と称される者ならば、あの依頼書を見れば事情を察すること位は出来たのではないか? お前たちがその気になれば、あれは防げた事故だったのではないのか?」
なんだ……?
別にリューシンを庇う意図は微塵にも無いが……何やら妙な違和感を感じた俺は、逆に団長へと問い掛ける。
「団長、あんた……昨夜の事件とやらを『公認勇者』のせいにするつもりか?」
「明言するつもりはない。ただ、そういう風に考えることも出来る筈だが、違うか?」
「おいおい。昨日今日でどうしちまったんだ、団長。こいつらは別に相手の心を読める超能力者なんかじゃねぇんだぞ。あんた、そんな細けぇこと気にするような小心者だったか?」
俺が立て続けにそう問い詰めると、リューシンが「待て」と言って割って入り、団長へと頭を下げた。
「確かに、初動が遅れたのは私に責任がある。それは、重ねて謝罪する。だが、これ以上犠牲を出さない為にも、状況は把握しておきたい。どういった経緯で『依頼書』を出す流れになったのか、改めて教えて貰いたい」
「……」
「団長、どうなんだ?」
「…………それは」
「────私が、お願いしたのです」
そこへ、別の人物が間に入ってきた。
声をする方向へ視線を向けると、隣に通じる扉の前に一人の女性が立っており、俺たちへ向けてペコリと丁重に下げる。
「貴女は?」
「公認勇者様とは初対面ですね。私はハル。彼の妻で、この大商団の事務方を担当しています」
「初めまして、私はリューシンといいます。ところで、『私がお願いした』というのは?」
「実は最近、大商団をずっと付け狙っている『魔物』が居まして……ある程度の猛獣ならば団員たちも引けを取らないのですが、魔物が相手となると簡単に追い返すことは出来ません」
『魔物』……?
ということは、昨夜の襲撃者とは『魔物』のことなのか……?
つまり、オールダム団長は『魔物』による襲撃が起こることを危惧していた……?
「ふむ……何故、その魔物は大商団を狙っているのです?」
「それが分からないからこそ、私たちもほとほと困っていまして……どちらにせよ、このまま放っておいてはいずれ怪我人が出てしまう。そう思い、『公認勇者』様の協力を仰ごうとしました」
「それは、ハルさんの提案ですか?」
「夫と話し合いの末、そう話が纏まりました。そして、夫が『外は危険かも知れない』と率先して『依頼書』を掲示板に張りに行ってくれたのです」
「仲睦まじいのですね」
「あら、ふふっ……これでも夫と付き合いは長いのですよ? 第三者から見てそう見えるということは、私たちもまだまだ捨てたもんじゃないのかも知れませんね、あなた」
「……そうだな」
「……」
そう言って互いに視線を合わせ、微笑み合うオールダム夫婦。
夫婦の惚気具合を見せ付けられたようで、何処と無く居心地の悪さを感じたが……これで、彼らが『依頼書』を張り出すまでの流れは理解した。
要は、大商団の安全を案じた上での行動だった、という訳だ。
それを聞き出した俺たちは、夫妻に別れを告げて本部テントを後にした。
「何か気になったことでもあったのか?」
「あん? 何がだ?」
「団長と話している時、ずっと違和感を覚えているようだったからな」
目ざといヤツめ……。
確かに、団長と話している時は妙な違和感を感じてはいたが……。
「…………つーか、ちょっと待て。なんでそんなことお前に話してやらないとならねぇんだよ。お仲間気分か?」
「違うのか? 私はとっくにそのつもりで行動していたんだが」
「……怖ぇよお前。冗談じゃねぇ、一体何が悲しくてお前と…………ん?」
街道のど真ん中でピタッと、リューシンとほぼ同時に足を止めた。
街道の両端には露店が立ち並び、団員たちが開店前の準備に勤しんでいる。一見すると、ただ忙しそうな雰囲気を醸し出しているが……。
「……気付いたか、ミク」
「もしかしたらとは思っていたが、ここまで露骨とはなぁ────滅茶苦茶睨まれてんじゃねぇか」
見ている。
本部テントに入る前とは、明らかに違う。
行き交う団員たちが一人残らず、俺とリューシンへと強く鋭い敵意を向けていたのだった。
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