8、『伝説の勇者』の正体
オールダム団長の案内で、俺たちは本部テントの近くに設置された医療テントへ、ニロの身体とバラバラになった部位を運び込んだ。
医療班からは、顔面蒼白で「もう処置のしようがない……」とさじを投げられた。
誰が見ても回復は絶望的だと思われたが……。
「はぁ~~、一時はどうなるかと思ったよぉ~」
なんか、気付いたら治ってた。
バラバラになっていた手足はしっかりくっついており、ニロは呑気に笑みを浮かべている。
「……何で、むしろピンピンしているんだ……? 人間ならば明らかに重傷だぞ……?」
「もう大丈夫なのか、ニロ?」
「うんっ! ほら見てっ! こんなに振り回してもだいじょ────」
ブンブンと腕を振り回していたニロだったが────ブチッと音と共に、肩から腕が引き千切れる。
勢いでぴゅ~んと飛んでいった腕は、天井にぶつかった後に床にベチャッと叩き付けられた。
「あっ」
「私は、悪夢でも見ているのか……?」
「ボクの腕がァァァァアアアアアアッッ!!」
ニロは慌てて腕を拾い上げようとするが、その前にそれが淡い光に包まれてひとりでに浮かび上がった。
その周囲を光の球体、エスという名前の『変なの』が飛び回りながら興味深そうに語り始める。
『ちょっと待ってー? この腕よく見させてー?』
「あァっ!? 待ってっ! ブンブン振り回さないでぇっ! またくっつけ直すの大変なんだからァっ!」
ニロが後を追い掛けるも、浮遊する腕とエスを捕まえるのは容易ではなそうだ。
『材質はプニプニしているなー。魔力の気配はないから魔術で造られている訳でもないしー、経年劣化は一切見られないから古代文明の類いでもないしー……多分、けっこー最近生成された感じがするけどなー』
「弄くり回さないでよ腕泥棒ォーっ!」
『なぁなぁー、この腕貰っていーかー?』
「────返してボクの腕ェェェエエエエッ!!」
そんな感じで、しばらくの間はニロと腕のおいかけっこが展開された。
俺とリューシンは呆れていたが、その光景を見ていた医療班は茫然自失したまま立ち尽くしているのだった。
「ニロ、治ったならそろそろ出発するぞ」
騒動が一段落し、ニロも口を尖らせて「ブーブー」言いながら腕を治した後、医療班……部外者の居ない病室で俺が切り出す。
すると、リューシンがそれを遮ってきた。
「──ちょっと待ってくれ。少し、話をさせて欲しい」
「俺から話すことは何も無い」
「君は、私のことを『魔王』と言った。私の過去を知っているならば……どうか教えて貰えないか?」
「……どういうことだ?」
魔王と罵られたことを怒るのではなく、話を聞きたいとは……想像していなかったお願いに、訝しげにリューシンを横目で睨み付ける。
こいつら、一体何も考えているんだ……?
『────リューシンは、記憶喪失なんだー。気付いたらこの世界を彷徨っていたところを、公認勇者が保護したんだよー』
「記憶喪失だと……? そんな都合の良い話が……」
「──嘘だと感じたら、いつでもこの首を刎ねてくれても構わない」
「……」
「君が、『魔王』に向ける殺意にはただならぬ感情が入り交じっているのを感じた。私たちが説得したところで、それを解消することは出来ないだろう。だから、せめて知りたいんだ。君の言う『魔王』のこと……それに、君自身のことも」
「……その顔で妙に誠実なことを語んな、不愉快だ」
「それは……すまない」
何だか、すこぶる調子が狂うな……。
俺のイメージする『奴』とは遥かに異なる反応されてしまっては、俺も感情がグチャグチャになってしまう。
久々に感情を爆発させた故か、思考が麻痺を起こしている。
一体どんな言葉を返せばいいのか散々迷った挙げ句、こんな抽象的な情景が口をついて出てきた。
「今から500年、俺とお前は殺し合いをして……俺はお前を殺し、俺もお前に殺された」
「相討ちだった、ってこと? オヤビンが勇者を……あれ? でもリューシンが魔王ってことは、魔王と魔王が相討ちになって……えっ? つまり、同族同士でってこと? じゃあ、魔王を打ち倒した伝説の勇者って…………ぅえ? な、なんか、頭がこんがらがってきちゃった……」
「伝説の勇者が存在したことは、『公認勇者』という存在が証明している。勇者が魔王を打ち倒した、という通説は誤りではないだろう。ただ、その結末は『相討ち』だった。そして、もう一つ……」
リューシンはあくまで冷静に、そして俺のこんがらがった感情をほどくように、こう結論付けた。
「魔王。君は魔王ではなく、正確には────魔王を打ち倒した『勇者』だった、ということ……そうではないのか?」
「………………えっ?」
「……」
『……そうか。やっぱり、そうだったのかー』
「エス?」
『私は、かの『伝説の勇者』本人に……つまり、ゼト様とラヴィシュー様から、直接話を伺ったことがある』
「──!」
今、サラッととてつもないことを言わなかったか……?
『伝説の勇者』……つまり、500年前の人物と直接言葉を交わしたというのか……?
もう、とうの昔に没した筈の『あいつら』と……。
『「公認勇者」は、「ある人物」の生き様を模して創られた。その人物は、世界において誰よりも強く、困っている者がいれば不満を垂れつつも助ける……黒い長髪と赤い瞳が特徴的で、何とも【不可思議な力】を扱う、飄々とした人物だった、って……』
「…………ゼトとラヴィシュー、か……その名前、懐かしいな……」
「それって……ま、まままままさか……つ、つまり、オヤビンこそが────500年前の『伝説の勇者』だった、ってことぉぉッ!?」
……。
…………。
………………はぁ、油断した。
正直、『公認勇者』を嘗めていたと言わざるを得ない……こりゃあ、一気に面倒臭いことになってきてしまったぞ……。
ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー
魔王とリューシンの協力もあって早々に修理が終わり、静かになった応接室。
一人になったオールダム団長が席に腰掛け、前のめりになって神妙な面持ちで呟いた。
「……公認勇者、か」
考えていた通り、彼らは来た。
だが、こんなに迅速な行動を取られてしまっては、流石の団長も動揺せざるを得ない、といったところだ。
「────ご機嫌よう、オールダム団長」
そこへ、応接室の扉がノックも無く開かれ、一人の妙な雰囲気を漂わせる女性が入室してくる。
どうやら、後回しにしていた『対談』の時間がやって来たようだ。
「──! セントラル・ナバラントの『執行官』か」
「そろそろ考えて頂けましたでしょうか────大商団の『営業権』を商業ギルドに譲渡する件を」
「……色々と思うところがあるものでな」
「団員の方々にとっても悪い話ではないでしょう? ギルドに監督権を譲る代わりに、大商団は各都市に堂々と店舗を構えることが出来る。街道でしか店を開くことが出来なかった時と比べ、大商団のブランドがあればこれまでの数倍の利益が見込めます」
オールダム大商団が立ち上がったのは、ナバラントが商業ギルドを創立するよりも前のこと。『営業権』云々という権利も、ナバラントが勝手に主張してきた話だ。
当然、商業ギルドに属していない大商団は、その権利に従う理由はないのだが……思いの外ナバラントの影響が、強く世間に広がり過ぎた。
結果、大商団は都市や町村で店を開き辛くなり、肩身の狭い思いをすることになった。
しかし、こんな街道や辺境の地で露店を開く形になっても、客足が衰えることはない。オールダムという銘柄が持つ力は、未だに絶大な経済力を持ち合わせているのだ。
「そうです、こんなのはどうでしょうか? 冒険者ギルドと提携して、皆さま方が危険の旅先で調達していた商材の確保も代行させましょう。これで、団員方が危険な旅路を歩む必要性も無くなりますよ」
「危険が無くなる、か」
オールダム大商団の快進撃を、ナバラントは快く思っていない。
故に、こうしてあらゆる手段を駆使して、自らの支配下に置こうと画策している。
しかも、今回はあの残虐非道で知られている『執行官』が自ら出向いてきた。
いよいよ、『手段を選ばない』段階にまでやって来ている、ということは団長も理解していた。
「もう少し、考えさせてくれないか」
「ふふっ、どうかお早い決断を。時間も人員も無限ではありません。時期を逃したら、これだけの好条件はもう提示出来なくなるかも知れませんから」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます