6、入団面接
応接室に通された俺たちがソファに腰掛けると、団長の妻だという女性がお茶を提供してくれた。
団長はそれなりに年を取っていると思うのだが、麗しの夫人の方はとても若々しく見える。歳の差夫婦、というヤツだろうか?
「魔王さん、ニロさん、キューネさん。声が大きいことが取り柄の旦那だけれど、どうぞよろしくお願いしますね」
落ち着いた物腰でそう微笑む夫人は、簡単な挨拶をしてから隣の部屋に入っていった。
残された俺たちは、オールダム団長の大声を皮切りに本題に突入した。
「それで友人たちよっ!! 私に話というのは何だろうかっ!?」
「あ、あの……! わたくしを、オールダム大商団に参加させて頂けないでしょうか……!?」
まず最初に切り出したのは、キューネだ。
とても緊張した面持ちなのは変わらないが、まずは第一歩。ちゃんと勇気を持って踏み出せたようだ。
すると、団長は「むぅ」と難しい顔をしてからスラスラと話し始める。
「オールダム大商団は『旅する商店』と称される通り、世界各地を旅しながら商売をしているっ! 自由人な印象を浮けるかも知れないが、当然旅には危険が付き物だっ! 暴漢や猛獣に襲われることもあれば、自然の猛威に晒される危険もあるっ! 旅先の安全を保証する訳でもない上に、商団の幾つかの規約に従って貰う必要があるのだっ!」
「……」
「無闇に友人を危険に晒すことはしたくはないっ。我らは決して楽ばかりの商団ではないのだっ。安全面を重視するならば、商業ギルドに申請して許可証を貰い、都市で店を開く方がよっぽど現実的と言えるだろうっ」
どうやらこの世界では、それが一般的なお店の開き方のようだ。
むしろ団長の言う通り、キューネのように気が大きいとは言えない人物にとっては、危険な旅に身を投じるよりも、そちらの方が良いような気がするが……。
「…………それは、出来ません」
「ふむっ?」
「旅は慣れている身です! 決して迷惑は掛けません! 雑用でも、力仕事でも、運営でも、何でも喜んでやらせて頂きますっ! ですから、どうかお願いしますっ! この大商団に置かせて下さいっ!」
「キューネ、どうしてそこまで……?」
あまりにも必死な形相に、ニロが少し心配そうな表情で尋ねる。
そこでキューネはハッと我に返った様子で視線を落とし、少しずつ、ポツリポツリと、自身の生い立ちを語り始めた。
「幼い頃まで、わたくしは廃棄物やゴミを漁るような生活しかしていませんでした。それしか知らなかった。ただただ生きる為に、必死に食べ物を探すことしか出来ませんでした」
「食べなきゃ、生物は生きていけねぇしな」
「ただ、やはり無理があったんです。腐りかけの食材、栄養もない廃棄物、やがては限界を迎えて……わたくしは、山の中で静かに餓死する寸前でした」
「……」
「そんなわたくしを、一人の『魔術師』が助け出してくれました。その魔術師は多彩な魔術を使用して、わたくしに素敵な『魔術料理』を振る舞ってくれたのです。あの時の、わたくしの空腹を満たしてくれた優しい味は……今も忘れられません」
「そう言えば、キューネは料理する時に色々な魔術を使っていたよね。それってもしかして……」
「はい。その魔術師が指南してくれたのです。一般的な魔術師が利用するような強い魔術は扱えませんが……料理に特化した魔術ならば、得意と言える位にまで練習を積み重ねてきました」
「そりゃぁ、何の為にだ?」
不意に、俺から疑問を投げ掛ける。
するとキューネは小さく「あっ」と声を漏らしてから、彼女は団長へと視線を向き直してから続ける。
「先程オヤビンさんが言った通り、生物は食べなくては生きていけません。ただ、それだけではないのです。あの時、わたくしは初めて知りました……料理とは、お腹だけでなく、心まで満たしてくれるモノなのだと。だからわたくしも、それを与えられるような存在になりたい、と」
「……!」
「わたくしは、とある事情があって商業ギルドに申請を出すことが出来ません。その事情は、話すことは出来ない、のですが……だから、今この世界において、オールダム大商団こそがわたくしにとって、わたくしの成りたい存在になる為の、最後の希望なのです! だからっ、だから……っ!」
ガタンッと音を立てて、キューネは立ち上がる。
少し潤んだ瞳をギュッと閉じ、彼女は深々と頭を下げると、最後の懇願を口にした。
「お願いしますっ────わたくしを、大商団に入れて下さいっ!!」
シンっ、と静まり返る応接室。
キューネは頭を下げたまま、僅かに身体を震わせている。
それから少しの沈黙の後、団長が静かに重い口を開いた。
「……人は皆、様々な事情を抱えているものだっ。ただ、それを話せないとなると……我々としても、どうしても疑いの目を向けざるを得ないっ」
「っ……」
「…………いつか。君がその気になった時、その事情を話してくれるかっ?」
「……っ! はい、必ず……!」
キューネが頭を上げてしっかりと頷くと、団長も立ち上がり、ニカッと笑みを浮かべて大きい手を彼女へと差し出した。
「キューネっ! 君の『魔術料理』は実に興味深いっ! 是非とも我ら大商団の皆々っ、そして客人たちへっ、存分にその力を奮ってくれっ!!」
「──ッ!! はいっ、はい……っ!! こちらこそっ、どうぞよろしくお願い致します……っ!!」
その手を両手でしっかりと握り返したキューネは、涙を滲ませながら、解放感と高揚が入り交じったとても嬉しそうな表情でハキハキとした返事を返すのだった。
「ねぇねぇ、オヤビン」
「ん?」
「オールダム団長って、いい人だね」
「ただの脳筋じゃなかったみてぇだな」
「そういう感想……!?」
まぁ、とにかく。
キューネの方は一件落着、といっただろうか。
気になる発言はあったが……今は、彼女の新たな門出を素直に祝福するとしよう。
ー ↓ ー ↓ ー ↓ ー ↓ ー ↓ ー ↓ ー
大商団の受付でテキパキと事務作業をこなす受付嬢。
大量の作業を処理する中でも、テントを潜って来訪する人物には敏感に反応して快く応対する。
「こんにちは。どういった用件………えっ、あ……! あ、あなたは……っ!」
やって来た人物の顔を見て、受付嬢の緊張が一気に高まる。
そこに立っていたのは……今や、この世界の住民ならば知らない者は居ない、超有名な人物の一人だったからだ。
「────私はリューシン、という者だ。オールダム団長はこちらに居るか? 至急、話したいことがある」
どういう訳なのか、受付嬢は知る由もない。
だが、これは大事件に匹敵する出来事だ。
オールダム大商団に────あの『公認勇者』がやって来たのだから。
ー ↑ ー ↑ ー ↑ ー ↑ ー ↑ ー ↑ ー
「──それでは魔王よっ! お前の用件とは何だっ!」
登録手続きの為に、キューネを隣の部屋へと向かわせた後、団長の意識は再び俺の方へと向けられた。
さて、ここからが本番だ。
俺は少し前にチグサから受け取った『用紙』を、団長の眼前に突き付ける。
「────『これ』のことだ」
「むっ? それは……」
それは、オールダム団長から『公認勇者』への依頼書だった。
どうやら掲示板に張り出されたのを、チグサが剥がして懐に入れていたらしい。
内容はこうだ。
────『命を狙われている、助けて欲しい』。
とても簡潔だが、随分と物騒な内容だ。
故に、最初団長と出会った時は違和感を抱いた……この内容と彼の態度は、随分と解離しているように感じたからだ。
「魔王よ、どうしてお前がそれを……?」
「実は、ボクたち────『公認勇者』なんです!」
「なんだと……!? ということは、この依頼を……?」
『依頼書』を受け取った『公認勇者』を偽って、オールダム団長に接触する……それが、チグサから提案された当初の計画だった。
ただ、そんな回りくどいことをしなくても、こうして接触することが出来た訳だが。
「ひとまず、状況が知りたい。『命を狙われている』とはどういうことだ? 例えば、誰かの恨みを買ったりでもしたか? もしくは────【何か】後ろめたい事情があったりでもするのか?」
「…………」
団長は……この日、初めて口ごもった。
もしも彼が【魔王の遺物】を利用しているのならば、ここらで気配を感じると予測したが……残念ながら、あの背筋がゾワゾワする感じは微塵にも起こることはなかった。
だが、彼の反応は……明らかに『何か』がある。
「オールダム団長……?」
「隠し事は、いずれバレるぞ。そこに後悔や罪悪感を感じているのなら、簡単にボロが出る」
「……むぅ……」
「まっ、抱え過ぎんのも良くねぇ。ここは一つ、騙されたと思って心の声を吐き出してみたらどーだ? この俺を見習ってな」
「オヤビンは一見何も抱え込んでなさそうだよねぇ……ストレスと苛立ちも、その都度ぜーんぶ吐き出してそー」
「人を空っぽみてぇに言うな。これでも色々と考えて────」
場を和ませるように軽口を叩いて、願わくば彼の発言を引き出そうとした。
だが。
突如として背後から投げ掛けられた、呼び掛けに遮られる。
「────その話、私も混ぜて貰えないか?」
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