5、ボクら、旅する商人!
「ねぇ、オヤビン。もし、チグサの言う通り【魔王の遺物】がオールダム団長に寄生していたらどうするの?」
「どうするもなにも、俺の目的は【遺物】を破壊することだ。誰に寄生していようが、誰が操っていようが、俺の目的は変わらねぇよ」
「……仮に、その人の命が懸かっていたとしたら?」
「──必要な犠牲だった。そう割り切るだけだ」
「……」
そんな会話を交わしながら、俺たちは大商団本部と思われる大きなテントに辿り着いた。
すると、テントの前に何処かで見覚えがある高身長な人物が、何やらブツブツと言いながら立っているのを目にする。
「ふぅぅーー……緊張してきたぁ……」
「あれ? あの人……」
「森の中で屋台を開いていた店主じゃねぇか。確か名前は、キューネっていったか?」
俺たちの声に気付いた店主のキューネは一瞬ビクッと肩を震えてから振り返ると、少し驚いた表情を浮かべる。
「えっ? あっ、お二方は……! えーっと……」
「ボクはニロだよっ、それでこちらは……」
「まぁ、気軽に魔王さまと呼ん────」
「──だぁぁぁぁァァァッ!? ストップストップッ!! いやその名前で通すつもりなのッ!?」
「?」
「別にいいだろ、事実なんだし」
「ここでそれは流石にマズイよッ!! え、えとえっと、こちらはオヤビンっ! ボクら旅する商人なんだぁ~っ! あはは~っ!」
もはや名前じゃねぇし、流石に商人で誤魔化すのはちとキツくねぇか?
対するキューネの方というと、さほど疑問を抱かなかったようだ。
「は、はぁ……ニロさんにオヤビンさん、ですか。商人ってことは……もしや、お二方もオールダム大商団に加入するために?」
「加入というか、むしろ団長の命を取ろうと────」
「──そぉぉぉぉなんだよォォッ!! 前々から大商団に興味があってさァァッ!!」
うーん、マトモに話せない……。
俺は心の中で口を尖らせながら、慌てて割り込んでくるニロを横目で見下ろす。
すると、ニロの突発的な嘘を聞いたキューネがパァッと明るい顔を浮かべ、何処か嬉しそうな様子で手を叩いた。
「実はわたくしもそうなのですっ! もし宜しければ一緒に申請に行きませんか? わたくし、ちょっと緊張で尻込みしてしまいまして……」
「そうだったの?」
体格は高めだし、胸もケツもデカイ。
見た目の大きさに比べて、随分と慎重というか気が小さいというか……いや、警戒心が強い、というべきか?
自虐的に苦笑いを浮かべるキューネに、俺はサラッと感じたことを投げ掛けた。
「あまり考え込み過ぎるとボロが出るぜ?」
「えっ」
「もっと堂々と構えて行くことだな。そうすりゃ、自然と気持ちは伝わるもんだ」
「……っ! 堂々と…………はいっ、その通りですね」
「んじゃ、そろそろ行くぞ」
思わぬ同行者と共にテントの中へ。
移動式のテントである故、内部も簡素な造りになっているのかと思っていたが……意外にも、ちゃんとしている。
木造の床が隙間なく敷き詰められ、手前には受付かあって、奥には木の壁と扉が設置されており幾つかの個室が設けられいるようだ。テント特有の息苦しさは無く、まるでウッドハウスのような爽やかさすら感じる位だ。
「こんにちは、こちらは大商団本部です。どういったご用件でしょうか?」
「あっ、えっと……」
受付に近付くと、とても麗しいメガネを掛けた受付嬢が柔らかい笑顔で声を掛けてくる。
まだ緊張が抜けきっていないのか、キューネが思わず声に詰まるのを見た俺は、キューネの肩に手を置いて前に出ると……。
「オールダム団長を出しな、個人的に話がある」
────バァンッと受付机を叩きながら、こう言い放った。
「って、ぅえぇぇぇェェェッッ!?」
「絶対に堂々の意味履き違えているよねぇッ!?」
まどろっこしい手続きは面倒だ。
こういう場合は本人を直撃した方が手っ取り早い。
ただ当然と言うべきか、当初は目を丸くしていた受付嬢だったが、流石に面識も無い者を上に通すつもりは無さそうで……。
「えっと、団長は今忙しい身で……」
「────私は構わんぞっ!!」
突如、奥の扉がバーンッ!!と豪快に開け放たれ、これまた大柄な男性が姿を現した。
リトル・リーチェのマスターと同年くらいの見た目だが、年齢の衰えを一切感じさせないほどに筋肉質かつ屈強そうな体つきをしている。ニロなんて抱き締められたら簡単に全身粉砕骨折させられてしまいそうだ。
「よく来た友人たちよっ!! この団長たる私、オールダムが歓迎しようっ!! まずは挨拶代わりに力比べでもしようじゃないかっ!!」
「団長……」
「唐突にッ!?」
「ど、どどどどうしましょう……!? わたくし、あまり腕力には自信が……!?」
うーん、もしくはただの脳筋か?
鼻息を荒くして熱い挨拶(?)を交わそうとするオールダム団長に、俺はサラッと短い言葉を投げ掛けた。
「──断る」
「えっ」
「ふむっ!? 何故だっ!? 理由を聞こうっ!!」
「知れたことだ。俺と力比べなんてしたら────あんたが怪我すんぜ?」
「なにぃ……?」
「オぉヤぁビぃンンン……ッッ!!」
おや、流石に煽りが過ぎたか?
俺と団長とでは体格差があり過ぎるし、客観的に見れば力の差なんて歴然……のように感じるだろう。
当然、団長もイイ気はしないだろうと思ったが、彼はニカッと笑ってみると……。
「────ガーハッハッハッ!! 友人よっ!! 私を前に一歩も怯まずに『怪我する』と来たかっ!! しかも嘘やハッタリではなく本気で言っていると見たっ!! 面白いっ!! 実に面白いっ!! 豪胆たる友人よっ、名前は何と言うっ!?」
「俺は────魔王さまだ。ヨロシクな、オールダム団長」
「ちょっ!? ちょちょちょちょオオオヤビンっ!?」
「ほぅっ……ほうっ、ほうっ、ほうっ!! ガーハッハッハッ!! 本当に面白いっ!! 魔王一行よっ!! この私に話があるのだろうっ!? 奥で話をしようじゃないかっ!!」
「流石は団長、話が早くて助かるぜぇ」
「オヤビンさん、スゴい……もう打ち解けてしまいました……」
「……なんか話がトントン拍子で進んでる……な、なんでぇ……?」
そんな流れで団長の先導で奥の扉に入ろうとすると、受付嬢が首を傾げながら彼に尋ねる。
「団長、この後『さる重役』との会談の予定が入っていた筈ですけれど……」
「延期だっ!!」
「よろしいのですか?」
「構わんっ!! 全責任は私が取るっ!!」
「承知しました」
色々な意味で豪快な人物だ。
更に言えば、腕っぷしに自信があるばかりではなく、年の功と言うべきか洞察力や判断力も優れているように感じた。
伊達に団長を務めている訳ではない、と考えるべきだろう。
だとしたら、果たしてこの流れは────懐に潜り込めたのか、もしくは誘い込まれたのか……どうやら、一筋縄ではいかない時間になりそうだ。
ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー
事前の情報収集は何事においても重要だ。
肝心のオールダム団長の元を尋ねる前に、私は露店を出している商人や道行く客人に話を聞いて回っていた。
「団長? あの人はもうとにかくデッカイ人だよ! 身体もそうだけど、なんていうの? こう、器がデっカイんだよ、ホントに!」
「オールダム大商団にいる商人は訳アリな奴らばっかりでね、そんな私らに商売のチャンスを与えてくれたオールダム夫妻には感謝してもしきれんよ」
「ここだけの話、団長は夫人のことをこよなく愛していてね……若い頃からの仲らしいんだけど、あの熱々ぶりときたら! あそこまで夫婦円満を貫ける秘訣を聞いてみたいものだよねぇ~」
『あんな依頼書』を出したにしては、運営は平常運転で作動しているようだ。
「てっきり、誰かの恨みを買っているのかと思っていたが……そんな様子は毛ほども感じないな」
私の呟きに対して、頭の中で『エス』ののんびりとした声が響いてくる。
『そだなー。分かったのは、団員からの信頼は岩壁よりも厚いってこと。それから、団員の皆が通常では商売が出来ないはぐれものばかりってこと。そんでもう一つ、客からまで惚気話が出てくるほどに夫婦仲が円満ってことかー』
「夫婦仲が円満……という情報は、そんなに重要か?」
個人的にあまり要領が得ない情報に首を傾げると、管理人の心底呆れた様子で叱咤が飛んできた。
『バカタレー。当事者の人柄を窺うには配偶者との関係性も大きく関わってくるもんだろー』
「そういう、ものなのか……? すまない、恋愛沙汰というのはよく分からなくてな」
『色恋弱者めー。まぁとにかく、これで情報収集は充分だろー。そろそろ本人を直撃するとしよっかー?』
「分かった。確か団長は……一番大きいテントの本部にいる、ということだったな」
少し見渡すだけで、目的のテントを見つけることが出来た。
大商団に不安感は無いとはいえ、今この地にはあの『執行官』まで来ている。
どこで、何が起こるのかは分からない。
最後まで気を抜かず、事態に当たらなくてはならないだろう。
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