3、大商団へと至る道筋
『魔方陣』によって転送されてきた俺の視界に広がったのは、一面現実離れした『白世界』。
高くそびえ立つ白色の棚が幾つも立ち並び、そこには白い背表紙の本が隙間なく敷き詰められており……異世界染みた光景ながら、まるで『書庫』のような構造をしている。
中心地には大きくて白い円卓が置かれており、その内の一席に小柄な人物……この書庫の『管理人』が腰掛けている。そいつの正面には幾つもの『もにたー』なるモノが映し出され、その周囲は、本やら、衣服やら、食後の皿やらが、乱雑に放り出されていた。
俺は一つ溜め息を吐き、それらを拾い集めながら声を掛ける。
「……相変わらずの散らかり気味だな」
『────私ちゃんの探求心は身の回りじゃなく、より先進的な知識に向かうのさー』
空間全体に、ノンビリとした声が響く。
それが、目の前の席に座ってこちらを見向きもしない人物のモノだと俺は知っている。あくまで慣れた受け答えをしながら、諭すように優しい口調で言葉を返す。
「人の手を借りなければマトモに生活出来ないような奴が遠慮などするな。必要なら、俺をいつでも呼び出してくれて構わない」
『それはどーも。ところでリューちゃんや、そんな大真面目な『勇者』さんに一つ仕事を頼んでもいーか?』
頼み事とは珍しいな……。
何にせよ彼女、『エス』が切り出したということは、『そういうこと』なのだろう。
俺は意識を切り替え、集中力を研ぎ澄ませて立ち上がった────仕事を請け負う『公認勇者』の一人として。
「どうした?」
『ナップス村とフォーマンド交易街の境にある街道にも『おたすけぼーど』を設置してあんだけど、そこで『妙な反応』が検出されたんだよなー』
エスが言うのは、世界各地に点在する『おたすけぼーど』……即ち、公認勇者へ『依頼』を出す際に使われる看板のことである。
名称に関してはあまりとやかく言うことではない。彼女の独特なセンスが光っているだけだ。
予めこちらが用意した『特殊な用紙』に依頼内容を書き込んで、『おたすけぼーど』に張り付けると、その情報はこの『白い書庫』にいるエスの元に届く、という仕組みになっている。
〖魔術〗と、この書庫の特殊な『機構』を利用しているとの話だが……詳しいことは私もよく分かっていない。
「妙な反応?」
『誰かが公認勇者への『依頼』を張り出したのは間違いない。ただその後、5分と経たないままに剥がされたみたいでさー』
「キャンセルしたのではないのか?」
「いんや。どうやら張った者と剥がした者は────全くの別人っぽいんだよなー」
「魔力の気配が違った、ということか」
「ご名答。ただ剥がした奴の魔力は微少しか残っていなかったから、個人を特定することは出来なかった」
「張った者の方はどうだ?」
「バッチシ、特定済み。剥がした奴の魔力はこっちで分析しておくから、リューちゃんには今からその『依頼主』を尋ねて事の詳細を確かめて欲しいってわーけ」
「なるほど、承知した。依頼主の名前は?」
「そいつの名前は────」
ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー
(────オールダム。『旅する商店』とも呼ばれる『オールダム大商団』の団長を務める人物ですねぇ)
チグサの言葉を思い返しながら、俺とニロは並んで街道を歩いていた……いいや、そこはただの街道ではない。
街道を両側から挟むように沢山の露店がズラリと立ち並んでおり、沢山の客人が買い物を楽しんでいた。
町外れの街道とは思えない賑わいぶりだ。
記憶では、地図上にこのような露店が並んでいるなんて記述は無かった筈だが……。
「この街道に並んでいるのが、全部その『大商団』の店舗なの……!? スゴいスゴいっ! ここ、普段は何もない平坦な道なのに、まるで商店街みたいになってるーっ!」
「別に住宅街のど真ん中って訳でもないのに、結構賑わっているんだな」
『オールダム大商団』、別名『旅する商団』。
世界各地を旅して回り、不定期に露店を町中や街道に並べては商売を展開する。世界中で集めたであろう、見たこともない貴重な鉱物、珍しい香辛料を使用した料理、秘境や天然物自生地の情報提供等々……大商団ならではの特別な商品を取り扱っている為、近辺の住人は物珍しさに惹かれてこぞって駆け付けるらしい。
この賑わいぶりから考えるに、どうやら想像の中だけの話ではないようだ。
(改めて説明させて頂きますとぉ……ターゲットはその大商団を束ねる人物、オールダム団長になりますぅ。魔王さんには、是非ともそのお力を奮って頂きたいですねぇ)
(魔王さんには、って……君は?)
(私は別に用事がありますのでぇ、朗報をお待ちしていますねぇ)
(ちょっ、ちょっと待って!? その団長さんの容姿は!? それにせめて何処に居るのか位は教えてよ!?)
(──さぁ? 私は警察の仕事で忙しいのでぇ、さよならぁ~)
(さぁッ!? さぁって、はぁ!? はぁァッ!?)
そんなやり取りを交わして、チグサはさっさと去っていってしまった。
かーーなりテキトーな依頼内容だった故か、ニロは終始訝しげな表情を浮かべていた。
「本当にやるのオヤビン!? 何もかも胡散臭かったよあの警察ぅっ!!」
「折角手に入れた【遺物】の情報なんだ。駄目元でやってみよーぜ」
「駄目元でいいのっ!? 結構人命に関わることだと思うんだけどそんな適当でいいのッ!?」
「おっ、見ろよニロ。肉サンドだってよ」
「何それ美味しそぉぉぉぉッ!!」
「現金なやつ……」
実際、思わず目移りしてしまう程に豊富な店舗が並んでいる。まるで縁日の屋台を見ているような楽しさがあり、財布の紐が緩んでしまうのも無理はないかも知れない。
「────相変わらず賑やかな奴らだ」
半ば露店を楽しみつつあった俺たちの背後から、何処か呆れた様子の低い声が投げ掛けられる。
何処かで聞いたことがある声に反応して振り返ると、そこには大柄な初老の男性が立っていた。
「おっ?」
「リトル・リーチェのマスター!? 何でこんなところに!?」
「オールダム大商団が露店を開くと聞いたものでな、買い出しに来た」
「買い出しって……リトル・リーチェからここまで結構距離離れてない……?」
「そうか? あまり考えていなかったが……それより、魔王」
「あん?」
「店に忘れていった金、返させてもらうぞ」
「金? 何のことだか忘れちまったな、あんたらで適当に処理しといてくれ」
「お前な……」
少なくとも金の貸し借りをした覚えはない。
差し出された巾着袋を前に知らんぷりをすると、マスターは目を細めて俺を睨み下ろしてくる。
すると大柄な彼の背後から、ヒョコっとフードを被った小柄な少女が顔を覗かせた。
「あっ! 君も来たの!? 久し振りだねっ!」
「……こん、にちは……(コクッ)」
たどたどしい言葉を発しながら小さく頭を下げるのは、以前にリトル・リーチェでの一件で知り合った『魔物』の少女。
あの頃は発声すら出来なかった上に、まるで死人のように生気が無かった彼女だが、少し見ない間に随分と元気になったようだ。
「おぉ~っ! 挨拶も出来るようになったんだねぇっ! よしよしっ、偉いねぇ~っ」
「ちゃんと発声練習しているみてぇだな。フードで頭を隠しているのはやっぱし『そういうこと』か?」
「これだけ人が居る中に『魔物』が現れたら、当然パニックになる。お前たちが魔物の問題に一石を投じてくれたとはいえ、世間にとって魔物は未だに『危険』という認識は抜けていない。多少不便かも知れんが、身を守る為には仕方がない措置だ」
「じゃあ何でわざわざ連れてきたんだ?」
「いや、本当なら『リチ』には留守番してもらう予定だったんだが……どうしても手伝いたい、と聞かなくてな」
「『リチ』?」
「へぇ~っ! 君、リチって名前だったんだっ!」
「(コクッコクッ)マスター、名前、付けてくれた……」
魔物の少女改めリチが目を輝かせて何度も頷きながら、何処か嬉しそうに語る。
一方の当人であるマスターへと横目で視線を送ると、彼は露骨に顔を背けて大袈裟に咳払いをしていた。
「ほ~~? 最初は魔物を匿うことすら懐疑的だった奴が、随分と心変わりしたもんだなぁ?」
「ひゅ~っ、マスターやっさしい~っ」
「ゴホンッ! 業務をこなしてもらう上で名前が無いのは何かとやりづらい。業務の効率化を図る為だ、別に他意はない」
「おっけーおっけー、そういうことにしといてやんよ」
「何だ、その妙な言い回しは……とにかく、まだ買い出しの途中だ。リチ、そろそろ行くぞ」
「う、んっ」
その場から逃れるように、リチに声を掛けてそそくさと立ち去ろうとするマスターに、俺は「その前に一つ」と切り出して声を掛けた。
「あんた、この大商団の露店にはよく顔を出すのか?」
「ん? まぁ近場の場合に限るがな。それなりに常連という枠組みには入ると思うが」
「それなら、オールダム団長が普段何処に居るのか心当たりはねぇか?」
「…………魔王、次は何を企んでいる?」
あからさまに訝しげな顔で、マスターは肩越しに振り返る。
どうやら、一時的にとはいえ店を燃やされた経験から、だいぶ心証は悪くなっているようだ。
「おいおい、企むなんて人聞きが悪ぃなぁ? 一個人として、これだけ壮大な露店を広くことが出来る偉大な人物の姿を一目見ておきたいって思っただけだっての」
「……相変わらず下心を隠す気もない語り口調には恐れ入るが…………あいつらは恐らく、向こうにある一番大きなテントに本部を構えている筈だ」
何だかんだ言いながらしっかりと教えてくれるマスターが指差す先には、周囲の露店よりも一際大きなテントが見える。
「なるほどな、これで探す手間が省けた。感謝するぜ、マスター」
「頼むから騒ぎだけは起こしてくれるな? せめて、『奴ら』が居る間は大人しくしていてくれ」
「……っ!」
「『奴ら』?」
マスターの警告に何かを察した様子のリチが、一気に顔を青ざめさせて彼にギュッと引っ付く。
彼はリチを慰めるようにその小さな頭を撫でながら一呼吸を置き、緊張感の入り交じった声色で『それ』の名前を口にした。
「────セントラル・ナバラントの『執行官』が来ている」
「え……っ!?」
「『執行官』? なんだそりゃ?」
「……少なくともこの世界において、生きている内には絶対に出会したくない奴らさ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます