因果逆転 オールダム大商団編

1、魔王さまの『トラウマ』



「────お前に、価値など無い」



 囁き掛けてくる。

 『あの男』の残滓というべきか、記憶というべきか……500年前に起こった熾烈な戦いの中で、俺の脳細胞にまでベッタリとこびり付いた声色が、尚も俺を貶めようとしてくる。



「────掃き溜めのゴミが歯向かったところで、どうにかなるとでも思ったか?」



 対して俺は……何も反論することはない。

 「うっせぇよ……」と呟きながら、目を瞑り、振りほどくように頭を左右に振って、なるべくそれを聞かないようにするだけ。



「────たかが凡人が一つ『消えた』ところで、この世界に痛手はない」



 だが、一度刻み込まれた『トラウマ』は、どれだけ経っても中々解消されないものだ。

 特に……。

 今から500年前────俺を殺した人物の言葉ならば、尚更だろう。



「だから、さっさと死ね────それで全て終わりだ」



 決着こそ付けたが、吹っ切れた訳じゃない。

 未だに引き摺り、抱え続けている心の傷も、痕となって残り続けている。

 そして。

 俺が、『あの男』に抱いていた『憤怒』と『憎悪』の感情も……500年経った今でも、忘れたことは片時も無い。

 もしも……。

 今となっては到底有り得ない話だが……。

 仮に、万が一にでも……もう一度『あの男』と出会うことがあったとしたならば、その時は……。







 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー








「────こんなの、抑えられるわけねぇよなぁ?」

「お、オヤビン……ま、まさか……」


 静かにそう呟くと、俺の隣に座る同行者のニロまでもがゴクリと固唾を呑む。

 とても物々しい雰囲気だ。

 だが、誰よりもオドオドしているのは、カウンター越しに立っている女性だろう。


「おい、店主」

「は、はひ……っ!?」


 一触即発。

 バンッ! とカウンターを叩きつつ、顔を上げる。

 エプロンを身に付け、バンダナキャップを被った高身長の女性に対して、俺はしっかりと言い聞かせるようにこう切り出した。


「────おかわりだ。今の『店主のおまかせ魔術風定食』をもう1セット。それと、串焼きを10人前追加だ」


 串を咥えながら、ニヤリと笑って見せる。

 すると、店主は一度目を大きく見開いてから、パァっと笑顔になって深々と頭を下げるのだった。


「……はいっ! 毎度ありがとうございますっ!」

「──やったぁ~っ! おかわりだぁ~っ!」


 『魔術料理』、というらしい。

 魔術を適切なやり方で調理に利用することで、魔力が料理に配合されて、様々な栄養や活力を身体にもたらしてくれるのだとか。

 これは、うむ……中々にイケるじゃないか。


「オヤビンオヤビンっ。この貝を使った串焼きって、記憶力向上を促す効力があるんだって!」

「あ、いえ、あくまで促す程度ですので……そこまで大した効力ではないのですけれど……」

「どう? どう? 何か思い出したりした? オヤビンの恥ずかしい記憶とかぁ、黒歴史とか!」

「忘れた」

「えぇぇ~、つまんないの~」


 いやはや。

 幾ら美味しい料理とはいえども、効力が良いのも考えものである。

 もし、明確な効果が表れていたとしたら────俺が俺でなくなっていたかも知れないではないか。


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