11、『本物』は居た



「はぁッ、はぁッ……クソッ、クソックソ……ッ!! 魔王ッ……魔王ォォッ……許さないッ……絶対に許さないぞ……ッ! 何がっ、何が『気付かない内に勇者になっている』だ……ッ!! そんなのッ、そんなのッ……!」


 公認勇者・認定最終試験で、私は嫌というほどに納得されられた。

 『本物』だった。

 残っていたのは、どいつもこいつも『怪物』。私なんて足元に及ばないほどの、圧倒的な知能と、圧倒的な力と、圧倒的な技術を、その身に秘めていた。



「────私が、一番よく分かってんだよ……ッ」



 直ぐに理解した……どう足掻いても敵わないって。

 直ぐに納得した……こういう奴らが、勇者として認められるんだって。

 所詮、私程度じゃ────公認勇者にはなれないんだって。


「…………なにやってんだよ、私…………くそッ……」


 だから、証明しようとした。

 公認勇者になれなくても、私は勇者と同じことが出来るんだって……そう証明したかった。

 だが、単独で悪人たちと接触してきた私に待ち受けていたのは────人間の醜悪ぶり。

 当然、最初はそんなクズみたいな悪人でも、助けるつもりで動いていたが……次第に、人間を助けること自体に嫌気が差してきて…………気付けば、他人から遠ざかり、悪人を嫌うようになっていた。

 本当に……。

 何の為に生きているんだ、私は……?


「……!」


 気力が出ない。

 全身の力が抜けて、その場に腰が落ちる。

 すると、その隙を狙ったかのように……何処からともなく飛んできた無数の【胞子】が私の目の前で一体化し、人の形となって、こちらを見下ろしてきた。


「……【魔王の遺物】」


 見た目はグロテスクだが……以前よりも、遥かに弱々しい。

 出来損ないの泥人形のように、今にも崩れ落ちそうだ。

 恐らく、最後の力を振り絞って……私に、『恨み』を晴らしに来たのだろう。【コイツ】の大好きなデルバを欺き、奴を見殺しにした……この私の息の根を止める為に。


「次は、私って……? 試験に挫折して、勇者の陰口ばかり叩いて、勝手にグレて、魔王にこっぴどくやられて、泣きべそかいて無様に逃げ出して、最期はこんな化け物に殺されるんだ……ハッ、本当に…………私の人生……どうしようもなっ……」


 もう、どうでもいいや。

 自分自身のことを嘲笑い、小さくほくそ笑んで見せると、【魔王の遺物】は全身を震わせて────私に覆い被さってくるのだった。








 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー








 何とも、なかった。

 一瞬、爆発に巻き込まれたと思ったが……私も、後ろの村人たちも、傷一つすら負っていなかった。

 代わりに私たちの目の前には、あの魔王の後ろ姿が立ち塞がっていたのが見えて……まさか、『また』……?

 そう感じて、声を掛けようとすると……。


「──あぁ、そうだ。恐らく詐欺師たちが宿泊していた場所に魔物たちが捕まっているぜ。お前ら、早めに保護しておけよー」

「はっ? コラッ! ちょっと待て、魔王っ!!」


 魔王はそれだけ吐き捨てて、さっさとその場からそよ風のように走り去ってしまった。

 直ぐに追い掛けようとしたが、奴の言っていた魔物のことも気になったし、村人たちのことも捨て置くわけにはいかない。

 私は直ぐにギルドへと連絡して応援を呼び、ナップス村の混乱を鎮圧するのに努めた。村人の中には錯乱状態に陥る者も居たが、幸いにも大騒動にまで発展せずに済んだ。


「…………はぁ……結局、魔王は行方知らずか……」

「なに言っているんだ、リゼ。詐欺師グループのリーダーを捕まえたんだ、お手柄じゃないか」

「デルバに捕まっていた魔も……いや、人たちも無事に保護したし、今はそれで良しとするか…………ところで、チグサは?」


 救護ギルドに運ばれていった者たちのリストを眺めながら、不意に同じギルドメンバーに尋ねる。

 すると、彼は半ば諦めたような口調でこう返してきた。


「あぁ。あいつなら、ついさっき休暇届出して帰ったぞ」

「……帰ったぁッ!? あのサボり魔ぁ……ちゃんと魔王を見張っていろって言っておいたのにこの状況下でサボりに入るとは何事だぁっ!?」


 実は魔王が走り去った後、チグサを追跡に行かせていたのだが……報告すらせず、その役割すら堂々と放棄するとは……まったく、とんだ問題児だなぁ!?

 次に顔を合わせた時、一体どう文句を付けてやろうか……そんなことを考えていると、目の前の村人が酷く怯えた様子で頭を抱えながらこう呟き始めた。


「勇者様は……魔王に……あの恐ろしい魔王に、殺されてしまった……ッ」

「え? い、いえ、勇者は……デルバは一命を取り留めて……」

「全部、あの魔王のせいだッ……あの魔王さえ来なければッ、平和だったのにッ……あぁぁぁッ、終わりだッ……もう、ナップス村は終わりだッ……あの魔王のせいでッ、魔王のせいでぇぇ……ッッ」

「──落ち着いて下さい。大きく深呼吸して……今は心を落ち着かせて、それから今後のことを考えましょう、ね?」


 一度に色々なことが起きてしまい、錯乱していているのだろう。ひとまず落ち着かせるように、ギルドのメンバーと共に励ましいの声を投げ掛ける。

 どうやら村人たちの心には、あの『魔王』に対する恐怖心が深く刻み込まれてしまったようだ。

 自然の流れなのかも知れないが……私は、何処か複雑な心境でそれを聞いていた。

 デルバを捕まえたのも、村人や私たちを守ったのも、実質的には魔王のお蔭だ。

 だが……。

 一体……どういうつもりなんだ、魔王……。

 このまま恨みと恐怖だけを残していくだけでは────いずれ、本当に孤立してしまうぞ……?









 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー









 今、ナップス村には多数の警察ギルドがゾロゾロとひしめき合っている。そんな中に堂々と戻っていけば、再び牢獄行きになるのは避けられない。

 故に、俺とニロは迷洞から出てから、村とは反対の森林地帯へ向かって歩き始めていた。


「村人の連中に埋め込まれた胞子は……もう微弱な影響とはいえ、まだ根付いている。それが回復するかどうかは……まぁ、あいつらの心の持ちよう次第、ってところだな」

「手助けしてあげないの?」


 俺の前を、後ろ向きになって軽やかな足取りで歩くニロが、小さく首を傾げながら尋ねてくる。


「そもそも、最終的に『勇者』という存在に依存することを選んだのはあいつらだ。こちとら、【魔王の遺物】は退けてやったんだ。後のことを面倒見てやる義理はねぇよ」

「ふーん……だけどさぁ、警察ギルドに魔物を救助するように促したり、デルバを【遺物】から助け出して迷洞から出してあげたり……何だかんだで色々と手助けしてるよねぇ、オヤビンってば」

「ニロよぉ。お前ぇ、あんま思ったこと口にしねぇ方がいいぞ」

「えっ? ボク、何かマズイこと言った!?」

「自覚が無いのが良きとすべきか悪いとすべきか……悩ましいねぇ」


 ニロの思考では、俺のことを『無責任な奴』とはならないようだ。

 別に俺からそう頼んだ訳じゃないし、何か特殊な洗脳を施した訳でもない。ニロは、ただ純粋に、物事を平等に考えた上で、そう思ったから口にしただけ。

 だからこそ……何というべきか……うーん……なんか、ねぇ……? この複雑な感情をどう言葉にすべきか、俺には分からん。


「それにしても……せっかく公認勇者に会えたと思ったのに、偽物だったのはちょっと残念だったなぁ」


 頭の上に両手を回し、まるで子供のように口を尖らせながら呟くニロ。

 そんな呟きに俺は、あっけらかんと答える。



「いや? 居たぞ────『本物』の公認勇者」



 俺の返答に、ニロが顔面を動きを止めたまま硬直。

 それから、先程よりも深く首を傾けてから声を漏らす。どうやら、本気で心当たりが無い様子だ。


「………………へっ?」

「あー、でもお前はあん時は寝ていたっけな」

「えっ? えっ、えっ? 待って待って? 寝ていたって、牢屋に閉じ込められていた時のこと?」

「もっと前だ」

「ま、前……? えーっと……?」

「帽子に変化していたお前の正体を、直ぐに見抜いた奴が一人だけ居たんだ────『君【たち】は、旅人かい?』っつってな」









 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー








「…………え?」


 思わず、そんな声が漏れる。

 目の前で【遺物】が『一太刀』で静かに両断され、消えていく……胞子どころか、塵一つ残さず、森の景色の中に溶けていったからだ。

 すると、その背後に一人の長身の男が立っていることに気付いた。


「────大丈夫か、エーフィー」


 肩にまるで釣竿のように極細な『刀』を背負い、表情一つ変えずに、そいつは私の名前を呼んだ。

 コイツだ。

 コイツが、【遺物】を背後から一太刀の元に斬り伏せたのだ。


「お、まえ、はッ……なん、で……」

「俺のこと、忘れてしまったか?」


 この淡々とした態度……この細めな長身男……そして、釣竿に似た極細な長刀…………忘れられない、忘れる訳がない。

 そいつは……あの時、私の心をへし折るキッカケとなった公認勇者最終試験で……私を完膚なきままに打ち負かした────『本物』の人物なのだから。


「そのツラ、忘れる訳があるか……ッ! 何でここに居るんだッ、『リューシン』……いいや────『公認勇者』……ッ!!」

「……約束をしていたんだ。それを果たす前に、事態は収まったようだがな」

「な、に……ッ?」


 リューシンは……『本物の公認勇者』はそれだけ答えると、私の睨みなんて意に介していない様子で踵を返して何かを呟き始めた。


「……『魔王』。あいつも、俺のことに気付いていた……それに、あの超常的な【力】……だとしたら────このまま捨て置くことは出来ない、か」

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