8、同じ背中


 本当に……?

 本当に、来てくれた……?

 憧れの『あの勇者』の後ろ姿に……思わず、そう呼び掛ける。

 だが。

 徐々に視界が明瞭になっていくと、その正体がハッキリしてくる。

 あの公認勇者よりも遥かに小柄で、まるで女の子のように長い黒髪を棚引かせ、肩越しに不敵な笑みを浮かべた人物。

 勇者ではない。

 この人は……。


「ま、ま────『魔王』、さん……?」

「勇気と無謀は違ぇ。自分の力量も弁えず、危険な行為に首を突っ込むのは馬鹿のやることだ。仮に詐欺師を追い込んだとして、その後はどうするつもりだったんだ?」

「……ご……ごめんなさ……」

「だがな」


 魔王はアレトの前で片膝を付いて、その微かに震える肩に手を置くと、何処か嬉しそうな表情で微笑んだ。


「────心意気は買う。やっぱり、お前は凄ぇ奴だ。この瞬間まで、お前はあの詐欺師ににも負けてなかったぜ?」


 声色や言葉遣いは違えど、何かがあの勇者と被る魔王の言動に、バチンッとアレトのタガが外れる。

 今までの勇気も何処へやら、ボロボロと涙を溢しながら心のままに叫んでいた。


「…………ぼ、く……つよく、なりたい…………勇者さんみたいに、やさしくて……誰かを助けられる、くらい────強く、なりたい……ッ!!」


 安心感と、恐怖感と、屈辱感と……様々な感情がグチャグチャになって、吐き出した言葉。

 魔王は、ただ黙ってそれを受け止めた後、指先でトントンとアレトの胸の真ん中を叩きながらこう言った。


「今、その胸に覚えた感覚……忘れんなよ? 『それ』が、他でもねぇ────本物の『勇者の証』だ」

「…………ぅん゛……ッ!!」


 それは、新たな勇者の誕生の瞬間……だったのかも知れない。

 アレトの力強い返事を聞いた魔王は、笑みを見せながら慰めるようにその小さな頭を撫でると、彼がしっかりと握っていたへし折れた木の棒へと視線を向ける。


「なるほどねぇ。さしずめ『それ』が、勇者の剣ってことか?」

「……ぇ……やっ、これは、その辺に落ちてた……」

「────貸して貰っていいか? 今この場において、『それ』に勝る業物は他にねぇ」


 差し出された魔王の手に、アレトは少し戸惑いがちに「う、うん」と頷きながら、木の棒を手渡す。

 武器というには、とてもじゃないが心許ない代物だ。

 しかも、真ん中からへし折れているし……。

 しかしそれを受け取った魔王は満足げに笑って見せると、ゆっくりと立ち上がってアレトに背を向ける。

 そして。


「さて、久々に良いもんを見せて貰ったお礼だ。アレト。特別に、これからお前に……」


 しかと、背中で語ってみせた。

 まだまだ未熟な未来の勇者の瞳に……。


 ────本物の強者としての姿を。


 ────孤高の魔王としての矜持を。

 

「お前の宿敵となる『魔王さま』の────本物の戦いって奴を見せてやる」

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