6、〔魔術〕と〔真術〕


 挑発。

 口が裂けそうな程に笑みを見せつけ、デルバに向かってクイクイッと手招き。

 そこで彼は妙な雰囲気を感じ取ったのか、急に饒舌に語り始めた。


「……悪いが、私は弱者をいたぶる趣味はないもんでね。私が本気を出したら、最早痛みに耐えるだけでは済まなくなる。そんなこと、君も望まないだろうし、周りの皆さんもそんな惨い結末は見たくない筈だろう。お互いの為に、ここは平和的に……」

「ハッ、昨日は散々弱いものイジメをして上に、今日は意気揚々と俺の首を落とした奴が何を言ってやがる」

「──ッ!」

「皆まで言うな。そうやって不安を紛らわせようとしていることくれぇ分かってる。そう心配しなくても、ハンデくらいくれてやんぜ────『こいつ』で充分か?」


 そう言いながら、俺は『人差し指一本』を立てて見せ付ける。

 その言動が、デルバの逆鱗に触れた。

 彼は一瞬だけ顔を強張らせると後ろに跳び、両腕を空へ掲げて高らかに叫ぶ。


「────『エズゥ』、『エズゥ』、『エズゥ』ゥゥゥゥッ!!」


 その連続的な呪文に呼応し、デルバのかざした手の先に次々と、次々と次々と次々と……空を埋め尽くさん程の、無数の『炎の玉』が出現した。

 圧巻な数だ。

 以前、リトル・リーチェでぶちこまれた炎よりも多いんじゃないか?


「ここまで私を苛つかせたのはあなたが始めてですよ、魔王……ッ! それなら望み通り────こいつで消し炭にしてやるぁッ!!」


 デルバが腕を振り下ろすと、『炎の玉』が動き出そうとした…………が、同時に俺が『人差し指一本を立てた腕を横に振るう』。

 直後。


「────所詮は『人類レベル1』……面白みがねぇな」


 上空に浮かぶ無数の炎が一斉に大爆発。

 打ち上げられた花火のように激しい火花を散らし、やがては空に溶けるように消滅した。


「な……に……ッ!?」

「お前らの使う魔術は『芸』がねぇ。こんなもん、ただ『力』を集めて放出しているだけ。そうだな……マッチを擦っているみてぇなもんだ。慣れれば子供にだって出来る」

「まっち、って何だ……ッ! 訳が分からないことをベラベラとォッ!! 『デア』ッ! 『デア』ァァァァッ!!」


 喉が裂けそうな位の怒号で『呪文』が繰り出されると、俺の頭上で巨大な『岩の塊』が生成され、真っ直ぐに落下してくる。

 しかし、俺が指先をそれに向かって突き上げる────それだけで、『岩の塊』は木っ端微塵に粉砕した。


「はァァぁぁ……ッ?」

「『魔術』ってのは、あくまで『派生』の『末端』に過ぎねぇ。それさえ分かってりゃぁ、魔術の心得が無い俺でも────同じ様なことくれぇは出来る」


 俺はニヤリと笑い、人差し指を顔の前に立てると、その指先に小さな『火の玉』が生成される。

 それをゆっくりと天へと掲げていくと、徐々に、徐々に膨れ上がっていき、頂点に達した頃には────広場一つを丸々呑み込む程の、超巨大な『火の玉』と変貌していた。

 最早、デルバの放った魔術とは比較にならない規模。

 ただそれだけの事実で、互いの力量に歴然の差があることが露見したわけだ。


「……………うそだろ……?」

「正直のところ、お前が何処で誰を陥れようが、誰に対して詐欺を働こうが、魔王である俺にはどーでもいいことだ。だが、一つだけ。俺はどーーーしても、お前に言っておきてぇことがある」

「ぁ…………ぁ……ァッ……」


 もう、怯え切ったデルバの姿は見ていない。

 俺が見ていたのは、その向こう側。

 五百年前、確かにこの地に居た────『伝説の勇者』の後ろ姿だ。









 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー









 そこは、遠い未来にナップス村に成る場所。

 まだ草花しかないただの平原の真ん中で……『彼女』が雲が掛かった夜空へ向けて手を薙ぎると、雲が分厚い黒雲と変貌。

 雷鳴轟き、豪雨が地面を叩き始める。

 雨で揺れる彼女は、天を突き刺すように空高く手を掲げると、その指先から一筋の光線が放たれ、黒雲を貫いた。

 直後、黒雲は破裂するように弾け飛ぶと、それが覆い隠していた満天の星空が視界一杯に広がり、夜空の淡い明るさが俺たち二人を照らし始める。


「……もう、滅茶苦茶だな。一個人が、自然の摂理をホイホイねじ曲げまくってんじゃねぇよ……」

「真実は、常に私たちの目の前にある」

「ん?」


 三角帽子を被り、黒いローブを棚引かせる、紅紫色の髪の彼女……マジェンタ・フープが満点の星空を遠目で眺めながら語り始める。

 俺はその隣で腰を下ろし、その鼓膜を撫でるような語り口調に耳を傾けていた。


「ただ、私たち人間は気付けないだけ……いいや、無意識に『気付くことに恐れている』。誰だって逃げていたいものさ、理想に、夢想に、仮想に……そうすれば、無闇に傷付くことはないから。そう理由付けして逃げ続けた結果、抗う術を忘れて……『全て』を奪われた」

「……」

「これは、私たち凡人がいずれ『真実』に辿り着く為の力だ。今はまだ希薄かも知れないが……いずれ、必ず────私たちが再び、『世界の真実』へ向かう為の力となる」


 すると、マジェンタ・フープは俺を見下ろし、何処か満足げで神秘的な笑みを浮かべながら、こう言った。

 後に、サクディミオンで広く知れ渡ることになる『術』が、名称を授かる歴史的な瞬間だ。


「名付けるなら、そうだな────『我らが真に至る為の術』、なんてのはどうだ?」

「いや長ぇし、そのまんまじゃねぇか。だったら縮めて、『真術まじゅつ』で良くね?」

「まじゅつ……それは、私が『魔女』と呼ばれていることに対する皮肉か?」

「…………やっべ、バレた」

「ほーーーー? いいのか? そんなこと言っていいのか、未空ぅぅ?」


 マジェンタは嗤う。

 怒りや、屈辱も、自身の笑みに変えて、ユラリと指先で天を指す。

 すると、満天の星空が一気に黒雲で覆い尽くされ、ゴロゴロと雷鳴が轟き始めた。


「……お、おいおい」

「空から雷、落としちゃうゾっ」

「────ふざけんなクソ『魔女』がッてめぇぇぇぇええええぇぇぇぇッ!!?」


 最高に愉しそうな笑みを浮かべたマジェンタが指を振り下ろした……次の瞬間、轟音と共に黒雲から激しい雷が落下。

 それは真っ直ぐに俺へと飛来してきて…………まぁ、その後にどうなったのかは、想像に任せるとしよう。









 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー










 俺は、知っている。

 500年前、『あいつら』がどんな思いで生きていたか……どれだけの傷や痛みを抱えながら、最期の最期まで戦い続けていたか。

 その死力を尽くした功績を、このエセ勇者は……あろうことか、この群衆の目の前で笑い者にしやがった。


 だとしたら────許せねぇよなぁ?


「『嘘っぱち』? 『おままごと』? お前みてぇに口だけしか取り柄がねぇ偽物風情が────『あいつら』のことを蔑んでんじゃねぇよ」


 俺の頭の中に沸き上がったのは、ほんの僅かな怒り。

 その感情のエネルギーを、自身の深い笑みに変えて……俺は指先にある『火の大玉』を振り下ろそうとした。

 しかし。


「────そこまでだッ!! 魔王ッ!!」


 この状況下で何の恐れもなく横槍を入れてきた人物の怒号に気付き、そちらへと意識を向ける。

 見覚えのある顔だった。

 彼女の真剣な眼差しを見た俺は、指先の炎を振り払うように消し去りながら、ヒラヒラと手を振る。


「おっとぉ、誰かと思えば警察ギルドのリゼ嬢じゃねぇの。数日ぶりだな」

「嬢って……何なんだ、その馴れ馴れしい感じは……?」

「丁度いいところに来た。あそこに村人騙して金を毟り取っていた詐欺師集団が居るぜー」

「えぇ、把握している」


 こいつ、ちょっと口調変わったか……?

 リゼは俺のことはさておき、デルバの方を向いて立った。

 どうやら、まずは警察ギルドとしての職務を全うする考えのようだ。相変わらず、真面目だねぇ。


「け、警察ギルド……? 次から次へと、何なんだ……何が起きているんだ、これは……?」

「そこのお前たち、デルバ、ロチャ、エーフィーと言ったな? 警察ギルドは公認勇者のプロフィールを全て把握している。それによれば……前にも後にも、お前たちの名前が出てきた記憶は無い」

「ぐ……ッ!」

「……」

「公認勇者の名を騙ることを咎めはしない。ただ、その名前を利用してお金を騙し取り、更には他者の命を奪うことを正当化しようした行為は、立派な犯罪行為だ」

「ほぅ~? 魔王である俺の命も尊重してくれんのかよ、優しいねぇ」

「ちょっと黙ってろ魔王」


 アレトが言っていた通り、やはりデルバたち三人は偽物だったようだ。

 まぁ、そこまでは想像通りではあった。

 だが……何かが引っ掛かる。

 勇者を名乗るにしては、どうにも張り合いが無さ過ぎだ。緊急時に対する抵抗力も無く、言動はまさしく三下ムーヴ。何よりも、あの警察ギルドのエトムントのように【遺物】を使用している気配すら無い。本当に……ただ口だけ達者な一般人男性、といった感じだ。

 この村に【遺物】が巣くっているということ自体が、俺のただの思い過ごしだったか?


「どういうことだ、エーフィーッ……この村には警察ギルドが巡回に来ることは無いんじゃなかったのか……ッ?」

「……時期が、悪かったのかも知れません。あれは恐らく、魔王を追ってきたのでしょう。流石に、そこまでは想像しようがありません……」

「くそッ……おい、ロチャッ! ボケッと突っ立っているなッ、あいつらを……そ、そうだッ……バレなけりゃッ……誰も知らなきゃ、罪にはならねぇッ……だ、だだだだったらッ……魔王もッ、警察ギルドもッ、村人もッ────全員ッ、ぶッ、ぶぶぶぶぶ殺しちまえッ!!」

「えらく物騒なこと言いだしたぞ、あいつ」

「魔王が今更何を……おい、デルバ。今の発言は……村人や警察ギルドに対する脅迫であり殺害予告、ということでいいんだな?」


 段々と哀れになってきた……デルバのあれは、まるで子犬の遠吠えじゃないか。

 当然ながら、俺もリゼもそんな希薄な脅し文句に屈する筈もなかったが……。


「脅迫ぅ? 警察ギルドぉ? それがなんだ……こちとらバックに────セントラル・ナバラントが付いているんだぞッ!!」

「な……ッ!?」

「セントラル・ナバラントって確か……ギルドの取りまとめ役だろ? 何であの詐欺師の後ろ楯になってんだ?」

「……ッ……そんなの、私の方が知りたい……ッ」


 虎の威を借る鼠、といった様子だが……その背後に居座るセントラル・ナバラントの存在感だけは異質のようだ。

 世界中に存在する多種多様なギルド組織は、セントラル・ナバラントが管理・運営している。治安維持、インフラ整備、売買取引……それらを各ギルド組織が担当しているならば、セントラル・ナバラントは世界を実効支配している中枢組織と言えるだろう。

 その組織の一端に属しているリゼからすれば、非常にやり辛い状況なことに変わりはない。


「俺に手を出してみろ……その瞬間、ギルドに属しているお前は終わりだッ! ザマァみろ無能どもッ! 所詮お前ら末端ごときじゃッ、どうしようもねぇだろぉッ!?」

「ぐッ……ここまで腐っているのか、ナバラント……ッ」

「……ん?」

「民もッ! 警察もッ! 英雄もッ! 魔王もッ! 誰も俺に逆らうんじゃねぇッ!! 全てを支配するのはこの俺だッ!! 俺だけが永遠に得してりゃぁそれでいいんだよッ!! アーーハッハッハッハッハッッ!!」


 勝利を確信した様子で高らかに笑い声を上げるデルバだったが……その時、彼の背後にズジャッと一つの大きな人影が忍び寄る。


「あ? ロチャ、どうし……」


 仲間の急接近に気付いたデルバが不意に振り返ると……同時に、言葉を失った。

 そこに居たのは、確かにロチャだった。

 しかし、その身体は……いいや、その肉体が────まるで風船のように大きく肥大化していたのだ。

 今にも、弾け飛びそうな位にまでパンパンに。


「な、ん……ッ!?」

「まさか……『あいつ』が【そう】だったのか……?」

「おい魔王っ!? 一体何のこと────」


 デルバですらも予測していなかった異常事態。

 彼が動揺したような声を漏らすと同時に、既に臨界点まで達していたロチャの身体は……。


 ────大爆発。


 肉体がバラバラに弾け飛ぶと同時に、無数の『胞子』が辺り噴出。

 これだけの勢いと、肉眼でも見えるほどの濃度の高い胞子……最早、逃げる余地すらなかった。

 ロチャが……いいや。

 魔王の遺物である────【マシュロオオム】が噴出した狂気の『胞子』は、瞬く間にナップス村を覆い尽くすのだった。

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