5、処刑当日


 ナップス村の中央広場。


 『公認勇者』による────『魔王』の処刑会場。


 その中心地には、処刑台の上で四肢を鎖で繋がれて四つん這いにさせられた魔王の哀れな姿があった。

 周りを取り囲む民衆たちが、何処か興奮した様子で今か今かと待ちわびる中……処刑台の上に、デルバが登壇する。


「皆さん、大変長らくお待たせしました。これより、この世界の平穏を脅かそうとする大罪人────『魔王』の死刑を執り行いますッ!!」


 デルバの切り出しに、群衆は一気に最高潮に盛り上がる。

 これから人の命を奪うという無惨な行為をするにも関わらず、罪悪感を抱いている民は殆ど居ない。さながら、パーティー会場を見ているかのようだ。


「さて、『魔王』とやら。首が落とされる前に、なにか申し開きはあるか? これでも俺は慈悲深い人間でね。最期の言葉くらい聞いてやらないこともないぞ?」


 魔王の顔の近くで屈んだデルバが、囁くように尋ねる。

 すると、魔王は……。


「…………たす、けて……まだ、しにたくない……たすけてぇッ……」


 顔面蒼白になり、目尻には涙を滲ませ、明らかに怯えた様子でガタガタと震えながら、今にも消え入りそうな声を漏らした。


「…………ぷッ! ギャハハハハハハッッ!! 皆さんご覧下さいっ! あの魔王がッ! 五百年前に、伝説の勇者と渡り合ったという魔王がッ! この公認勇者と皆さんにッ! みっともなく命乞いを始めましたァッ!!」


 嘲笑の入り交じったデルバの笑い声が、民衆に伝播していく。

 これでは、晒し物……哀れな笑い物だ。

 【魔王】の姿に、もはや威厳なんてモノは一欠片も残されていなかった。


「この様では、きっと五百年前の戦いとやらも現代の私たちからすれば、ただのおままごとに過ぎなかったのでしょうッ! 伝説など嘘っぱちッ! 『魔王』など恐るるに足らずッ! こんな何の取り柄もないゴミ風情を、果たして生かしておく必要はあるのでしょうかッ!?」


 デルバは上空へ向かって腕を振り上げる。

 その指先が指し示す先、丁度魔王の首がある垂直線上に鉄製の鋭利な刃が生成された。

 さながら、それは『ギロチン』。

 魔王の運命を決定づける断頭台だ。

 そして。


「答えは、否────最期まで惨めに、死ね」


 何の躊躇もなく、振り下ろす。

 エルバの腕に連動し、ギロチンも何の脈絡もなく落下。

 その鋭い切っ先は、真っ直ぐに魔王のうなじを捉えると……。


 ────ボトンッと、魔王の首が落ちた。


 切り離された魔王の首がゴロゴロと野次馬の前に転がっていくと、流石に気味が悪くなったのか、村人たちも一斉に退き始める。


「皆さんッ!! 巨悪は、このデルバの手によって打ち倒されましたッ!! どうかご安心下さいッ!! これから先も、この世界の平和は、この私が守っていくと誓いましょうッ!!」


 デルバの宣言を受け、民衆も同意するかのように腕を振り上げて歓声を上げる。

 その瞬間、デルバはナップス村の英雄となった。

 彼の名は、現世に復活した『魔王』を打ち倒した偉大なる勇者として、後世まで語り継がれることになるだろう。

 ただ。

 この直後に起こった────何とも不気味な出来事さえなければ。


「────はれっ? ボク生きてるっ?」


 パチッと、魔王の目が開いた。

 首が自力でヒョイッと起き上がり、辺りをキョロキョロ見渡しながらコミカルな動きをし始めたところで……周囲の民衆も、エルバも、その不可解な状況に気付いた。


「……は?」

「ひゅぃ~、てっきり死んだかと思ったよぉ~」


 首を落とされて生きていられる生物は居ない。

 それは、人類が持つ共通の認識だ。

 きっと彼らからすれば、夢か何かでも見ているような感覚だっただろう。


「なッ、な、なななななな……ッ!?」


 しかし、考えている余地すらない。

 デルバまでもが動揺した声を漏らす最中、彼の目の前で────首が無い魔王の身体が、ユラリと起き上がるのだった。


「────」








 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー








「────【マシュロオオム】。恐らく、この村に巣くっていた【魔王の遺物】の名だ」


 処刑前夜。

 アレトを帰らせた後の牢屋で、今後の対策を練る魔王さまと鼠のニロの姿があった。


『マシュ……? なんだか、こう……喉の奥が痒くなるような名前…………って、巣くって【いた】?』

「もっと言えば、その『残滓』だ。本体は居ねぇが、そいつの残した『残り香』みてぇなもんが単独で村人に悪影響を及ぼしてやがる」

『……影響、デカ過ぎない?』

「【遺物】ってのはそういうモンだ。むしろ、こうして【残滓】を残留させるタイプが普通より厄介なパターンも多い」


 【魔王の遺物】。

 五百年前に勇者に打ち倒された魔王が、この世界に遺して逝った、世界と生物に害を及ぼす存在。

 そいつの影響が、ナップス村を危機に陥れている。

 魔王さまは自身の頭の中にある記憶と、村の現状を照らし合わせ、とある【遺物】の特徴に類似する事象が起こっていると気付いていた。


「俺の知る限り、【あいつ】には魔物みたいな狂暴性は無いし、わざわざ生物に危害を加えるようなことはしない。用もないのに親しげに話し掛けてくる隣の家のばあちゃんみてぇに温厚なヤツだ」

『う、う~ん……? 分かるような、分からないような……』

「まぁ、そうやって高を括っていたせいで────一月と経たぬ間に、一国が滅びる事態が起こったけどな」

『…………はぁッ!?』


 正確には死亡した訳ではなく……国民を始め、職人や役人、その国を治める国王までもが人間性を欠落し、廃人のような状態になった為、国が機能しなくなってしまったのだ。

 それから数千年経っても【マシュロオオム】の影響は収まることは無く……『生物の立ち入れぬ』禁忌の地として、今も何処かの世界で存在し続けているという。


「【マシュロオオム】の特性は、自身の身体から放出する『胞子』による感染だ。それに感染した者は体内の神経が破壊されて異様に感情が高まると、やがては発狂し、最終的には廃人化しちまう」

『ふむふむ、なるほど……つまり、その【胞子】がナップス村に漂っていて…………え゛っ? じゃあ、ボクらもヤバくないっ!?』


 胞子は、空気感染、飛沫感染、接触感染……あらゆる方法で生物の体内に侵入し、増殖していく。

 その寸法はナノサイズよりも遥かに細かいとされており、最新鋭の防護服やガスマスクを装着していても、難なく貫通する。

 現時点で、この世界に胞子を防ぐ方法は無いと考えるべきだろう。


「落ち着け。そこで、もう一つの特性だ。マシュロオオムは、自身の『仲間』を増やすことが行動倫理とも言われている。つまり、マシュロオオムと同調すればするほど感染の影響が強まり、逆の場合なら影響は極端に弱まる」

『??? つまり、どういうこと……?』

「公認勇者様の演説中、野次馬の反応はどうだった?」

『えっ、と……大興奮だったよね、何だか気持ち悪いくらいに』

「対して、俺らは?」

『そりゃぁ、ドン引きでしょ。魔物を散々いたぶって、それをショーみたいに盛り上がられちゃ…………あっ! もしかして、それが【遺物】の……?』

「────『公認勇者に同調する』。それが、今回のトリガーだ。恐らく、ナップス村の連中はとっくに胞子まみれだろうな。このまま、明日の俺の処刑が正常通りに実行され、『同調』による感染が進行すれば……いよいよ、取り返しのつかないことになる」


 ナップス村は、既に瀬戸際だ。

 外見からは分からないが、着実に滅亡へのレールを直進している。

 【遺物】に関して認知があるならば、その気配を感じ取ることくらいは出来る筈だが……。


『な、なんで……あの勇者たちは、何でそんなことをするの……?』

「さぁな。それに、本当にあいつらの意志で【遺物】を操っているのかも分からねぇ……だが、この場で俺たちがやるべきことは、主に二つだ」

「二つ?」

「幾ら【遺物】とはいえ、相手は本体の居ない残滓に過ぎない。つまり、一つ目に勢いよく力を行使させて、二つ目にそれを思いっきり発散させてやりゃぁ、存在を留めることが出来ずに、最後には空気に溶けるように四散する筈だ」

「えーっと……力を行使させるってのは、勇者に同調させるってことでしょ? だけど、それを発散させるのは……そんなこと出来たら、苦労しなくない?」

「その為にお前の『力』を使うんだよ、ニロ。お前の力がありゃぁ、あの公認勇者以上のパフォーマンスを見せつけることが出来るぜ?」

『ボ、ボクの……?』


 この村どころか、魔王さまたちも既に感染地帯の真っ只中にいる。いつ、自分達も感染による症状が起こるのか分からない。

 しかし、あくまで魔王さまは嗤っていた。

 一切怖れることなく、むしろこの現状を誰よりも愉しんでいるかのように。


「さぁて、幻想や夢に浸る時間は終わりだ。明日、あいつらの入り浸っている夢を────『現実』という名の悪夢に変えてやろうじゃねぇか」


 標的は定まった。

 世界よ、全ての人よ、刮目せよ。

 これからが、魔王さまによる【遺物】狩りの幕開けだ。








 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー








「こ、こいつッ……何で首を落とされてるのに……ッ!?」


 『変身』。

 ニロは、有機物や無機質を問わず、大きさや重さの制限もなく、生物、物質、もちろん人間に至るまで様々な形に、そっくりそのまま変身することが出来るのだ。

 ただ一つ、本人がどのような理屈で変身しているのかよく分かっていない、というのが気に掛かる点ではあるが……。

 それはともかく。

 トリックは非常に簡単だ。

 俺の顔面に変化したニロを頭の上にくっ付けて、俺は頭を服の襟より下に引っ込める……ただ、それだけ。

 後は首を落とされてしまえば、世にも奇妙な首無し魔王さまの完成である。


「────ばぁっ! ざ~んねん、首を引っ込めていただけなのでした~」

「…………はぁぁ……ッ?」


 俺は驚きに暮れるデルバの目の前で、お化け屋敷の脅かし役のように、首を飛び出してみせる。

 先程まで大盛り上がりはどこへやら、場の空気は先程と打って変わって完全に静まり返っていた。まるで一発芸に失敗したお通夜のような空気だが、幸いにも人々の意識は俺の方へと集中している。


「くくくっ。しかしまぁ、この程度のトリックにも気付けねぇとは……公認勇者様とやらも洞察力が足らないねぇ?」

「…………ふっ、ふふふっ……何かと思えば、この程度のこけおどしか……どうやら、魔王とやらはオツムの方も足りていないようだ。これが逃走を図る絶好の機会だというのに、わざわざこの場に身を晒すとは……」

「────だからこうして出てきてやったんじゃねぇか」

「なに……?」

「俺がその気になりゃぁ、いつでもこの場にいる全員の首を跳ねられる。いわゆる、こいつらは人質だ。お前も勇者の端くれなら、可哀想な一般人を見捨てるような真似はしねぇよなぁ?」


 デルバに習い、俺も演説するように仰々しくそう言ってみせると、民衆の視線が一斉に勇者へと向けられる。

 この瞬間、俺とデルバ……魔王と勇者は対等の立場になった。

 まるで、同じ劇場の上に立つ主演俳優にでもなったかのようだ。


「────掛かってこい、勇者さまよぉ。勝ちゃぁ永遠の栄誉を手に入れ、負ければ全員皆殺し。栄誉と命を懸けた、魔王討伐レイドイベントと洒落込むとしようぜぇ?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る