4、『しようとする』こと
「────なるほどなぁ。つまり、あいつら三人とも偽物……ただの詐欺師だったわけか」
村の地下牢。
後ろで両手を魔術で縛られ、四肢から首に掛けて鎖でグルグル巻きにされ……俺は、まんまと身動き一つ取れない状態になっている。
宿屋での詐欺師たちのやり取りをバッチリ目撃してきたのは、俺の膝の上にチョコンと腰掛ける手のひらサイズの鼠……いいや、旅の同行者であるニロだった。
『いやいや、「なるほどなぁ」じゃないよっ!? あいつら、本気でオヤビンを処刑するつもりだよっ!? 悠長に構えてないでさっさと逃げ出そうよォッ!!』
「つってもお前、この通りガッチリ拘束されちまってっからなぁ。このままじゃロクに抵抗出来ねぇし、見張りが発情して襲ってきたら成すがまま…………やべぇ、俺の貞操の危機じゃね?」
『ふぁッ!? ちょッ、貞操だの官能だの言ってる場合じゃないよッ!? 真面目に考えてよ変態オヤビンッッ!!』
「お前も大概頭ん中真っピンクじゃねぇか」
大して議論も進展しないまま、不毛な言い合いを続けていると……ガチャッと、檻の向こう側の扉が開く。
そこから中を窺いながら入ってきたのは、一人の緊張した面持ちの幼い少年だった。
「……」
『えっと……?』
「何の用だ、少年。見張りより先に、俺の身体に跡でも付けに来たか?」
『その話まだ引っ張んの!?』
当然ながら、少年は別に発情した様子ではない。
彼は檻の前で屈むと、中にいる俺を遠目に眺めながら恐る恐るといった様子で尋ねてきた。
「……魔王? 魔王さん、って……勇者さんの敵、なんだよね……?」
「ん?」
「じゃあ魔王さんは、あの勇者さんを……た、倒しに来たの……?」
『えっ!? そんなこと考えてたのオヤビンっ!?』
「どう見てもこれから倒される側だろ、この状況。何が言いたいんだ、少年?」
「…………」
少年はしばらくの間、俯いて押し黙る。
ニロが何か声を掛けるべきかとオロオロしていたが、やがて少年が消え入りそうな声で呟き始めた。
「だけど、こんなこと言ったら……変だって思われる……お父さんも、お母さんも、勇者さんのことばかり話すから……それは、分かってるけど……でも、だって……」
どうやら……何か言いたいことがあるようだが、まだ幼いこともあって、しどろもどろになってしまっているようだ。
それに彼の目の前にいるのは、人々の敵である魔王さまだ。言いたいことも言えなくなるのも無理はないだろう。
子供……子供、か……。
そういえば『あいつ』は、子供の相手は大の得意だったっけな……。
ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー
一人の男が沢山の子供たちに囲まれ、男も子供たちも楽しそうに笑っている。
その光景を俺は遠目に見守っていたが、両者が手を振って別れを交わしたのを見計らって、それとなく尋ねてみた。
「よくそんな自然にあやすことが出来るよな、お前」
「『未空』もやってみたらどうだ?」
「勘弁しろっての……ガキは苦手なんだよ、俺は」
話したところで有益な情報を得られる訳じゃないし、直ぐに声をあげて泣きじゃくるし、正直面倒でしかない……ただの時間の無駄遣いにしか感じなかった。
俺の隣で笑う長身の男……『ゼト』も、声は低いし、ガタイが良いし、厳つい顔をしているし、自分に比べて子供にビビられる要素が満載な筈なのだが……。
「苦手と感じるのは、お前が子供らと同じ目線に立って会話をしていないからだと思うぞ」
「同じ目線? 膝を折って話をすりゃぁいいのか?」
「それも悪くないな。だけど、そういうことじゃない。重要なのは、相手の気持ちを理解しようとすることだ。そうすれば、彼らは次第に心を開いてくれる」
「それは、あれか? 『鍛冶師』としての心構えってやつか? 俺は……他人の心なんて読めねぇのに、ガキの気持ちなんざ尚更理解したくても理解出来ねぇよ」
「難しく考え過ぎだよ、それは。相手の気持ちが分からないのは、子供でも、大人でも同じだ。言ったろ? 理解『出来るか』じゃなくて、理解『しようとすること』が大切だってな」
読心術だとか、そんな高等技術は要らない。
相手を知る努力をする……ただそれだけ、子供にだって出来る、とても単純なことだ。
しかし、その時の俺にはゼトの語る違いが分からなかった。
「他人の理解なんてしたくねぇよ、少なくとも俺はな」
「そっか。なら、今の内に他人にデレデレになる未空の姿を妄想しとくか」
「ニヤけてんじゃねぇよ、ほっとけ」
今となっては、答え合わせをすることも出来ないが……きっと当時のゼトが今の俺を見ていたら、「マジで?」と唖然していたことだろう。
未練がある訳ではないが、一度ぐらいはその顔を拝んでみたかったものだ。
ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー
相手を知る努力……。
何でもかんでも出来る訳じゃない……だが、『努力』することくらいは出来る。
俺は声のトーンを落として、まずは少年にこう尋ねた。
「お前、名前は?」
「え? ア、アレト……」
「アレトか、いい名前だ。なぁ、アレト。お前、勇者のこと好きか?」
「う、うん」
「そうか。どんなところが好きなんだ?」
「え、っと、あの、カッコいい……ところ」
「カッコいいのは憧れるよな」
「う、うんっ、あのねっ、前に川で溺れそうだった時にね、勇者さんが飛び込んできて、助けてくれた」
「勇者が? へぇ、そりゃスゲェな」
「勇者さんはね、すごいんだよ。こーんなに大きい人で、こーんなに長い剣をね、びゅんびゅんって振り回してねっ、悪い人を倒しちゃうんだよっ」
「マジで? そんなに強いんじゃぁ、俺もヤバイかもなぁ?」
「魔王さんには負けないよっ! 勇者さんはすごくてカッコいいんだからっ! 僕も大きくなったらあんな風になるのが夢なんだーっ!」
何の曇りもない純粋無垢な夢だ。
どうやら現代においても勇者というのは、人々に夢と希望を与える憧れの存在として有り続けているようだ。
そういった意味でも、五百年の伝説の勇者は大層ご立派な意志を遺していったといえるだろう。
「……でも、あの公認勇者さんは、なんか、その、話ばっかりで……お金ばっかり貰ってて……なんか、全然カッコよくない……」
「お金……もしかして、あの講習とやらを開く代わりにお金を要求しているのか?」
「……うん。それで、お母さんも、お父さんも、村の皆も、お金を払っちゃって……あんな、よく分からないお話、勇者さんはしなかったのに……」
「……なるほどな」
「おかしい、って……話したの。そしたら、お母さんも、お父さんも、『勇者を悪く言うな』って怒ってきてッ……また、怒られるって思ったからッ……だから、僕ッ……だからぁッ……」
これまでやり場も分からずに子供ながらに溜め続けてきた強い心労が、遂に決壊し始めたのか……ポロポロと涙を溢して泣き出してしまった。
彼は、「違う」と言いたかったのだろう。
あれは、自分の憧れている勇者ではない、と否定したかったのだろう。
だけどそれを否定すれば、怒られてしまう。
自分の理想像が、憧れ続けてきた勇者の姿が崩れてしまう。
だから、俺の元に来た。
あの変な公認勇者が『敵』だと言い放った、魔王である俺の元へ。
そうすれば、もしかしたら……自分の言葉を信じて貰えると思ったから。
「アレト、頑張ったな」
「……!」
「この世の中、おかしいって思っても言えない奴が大半だ。そんな中、お前はスゲェよ。ちゃんと『おかしい』って言えたんだからな。お前、勇者の素質があるぜ?」
「え……っ! ほ、ほんと……っ!? 僕、勇者になれる……っ!?」
「あぁ、勇者の宿敵たるこの魔王が保証してやんよ。ただ、精々気ぃ付けな? 俺も中々強ぇからなぁ?」
「……ッ……ぐすッ……負けないもんっ! えへへっ……」
俺がニヤリと笑ってみせると、アレトも嬉しそうに笑い返してきた。
こりゃぁ……将来有望の強敵候補が現れたものだ。
うかうかしていたら、いよいよ俺の身も危ないかも知れないな。
『……やっぱり、オヤビンは凄いや』
「よーし、んなら勝負だアレト。俺は明日、あの公認勇者と『話を付ける』。その間、お前はお母さんとお父さんを守ってやれ。お前が逃げ出したら俺の勝ち、最後まで逃げなかったらお前の勝ちだ」
「……っ! うんっ、分かった……!」
「いい顔だ、期待してんぜ」
小さな勇者と勝負の約束を交わし、再び互いに笑い合ってみせる。
すると、これまでジッと押し黙っていたニロが、不意に現実へと引き戻してきた。
『【話を付ける】って言うのはいいけどさぁ、オヤビン。このままじゃあ話し合いどころか、処刑一直線なんだけど……どうするのさぁ?』
「……なぁ、ニぃロぉ? 俺ら、仲間だよなぁ?」
グッと、自身の両手に力を込める。
次の瞬間。
バキィッ!────と、俺の両手を拘束していた魔術の鎖が音を立てて粉砕。
自由になった手を、ゆっくりと膝上に座る鼠のニロへと伸ばした。
「え……っ!? 鎖が……っ!?」
『え、え……っ? な、なに……? お、オヤビン……何でそんなギラついた目でこっち見てくるの……?』
「────『協力』ぅ、してくれるよなぁ?」
『怖いよッ!? 何するつもりなのッ!? ちょっ、待っ……にゃぁぁぁアアアアァァッ!!?』
ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー
「────ナップス村……都市へと向かうには必ず通る経由地ではあるけれど……」
ナップス村の入り口に立った私は、腕を組んで考えを巡らせる。
エレマイ山から『魔王』の足取りを追って、地道な聞き取り調査を行った結果、このナップス村へと立ち寄ったことが判明した。
一時的な休息地としたか、はたまた素通りしたのかは不明だが、この辺境の地に何日も滞在することは流石に無いだろう。だとしたら、再びこの地での聞き取り調査に乗り出す必要がありそうだ。
「ふぁぁ~……リゼさんってば、ちょっと張り切り過ぎですよぉ。まだ傷も癒えてないんですから、もうちょっと寝ておきましょうよぉ~」
大きなアクビをしながら隣に立つ緑髪の少女は、私の警察ギルドの同僚、名前はチグサだ。
背中に大きな弓を背負う彼女の呑気な言動に、私は呆れた面持ちで溜め息を吐きながら鋭い指摘を投げ掛ける。
「それはあんたがサボる口実が欲しいだけでしょ?」
「あははぁ、バレましたぁ?」
「いいの? このままじゃ、あんた本当にクビになると思うけど」
「えぇ~、困りますよぉ。折角立場が保証される職に付けたのにぃ」
「なら、そののギルド一の射撃能力を見込んでお願い。今回の一件、汚名返上の為の手柄はあんたに全部譲ってあげるから私に力を貸して、チグサ」
「えっ、本当ですか? いいですよぉ、喜んで喜んで。それで────私は、誰の眉間を撃ち抜けばいいんですか?」
彼女は背中の弓に手を掛けると、ニヤリとほくそ笑んでみせる。
その怪しい表情を見て、わたしは私は呆れ顔で肩を落とした。
「あんたの場合、本当にやりそうで怖いのよね……眉間は撃ち抜かなくていいから。ともかく、標的は……」
そこへ、私たちの脇を走り抜けていく村人たちの、何処か興奮したような言葉に会話が遮られる。
突然のことで断片的にしか聞き取れなかったが、「広場へ急げ!」「魔王が処刑されるってよ!」「死刑だ死刑だ!」……そんな退廃的な発言が飛び交っていた。
「……魔王が、死刑?」
「魔王って、ナバラントから通達された……あの? というか死刑って、私的に他人を罰するのは禁じられている筈ですけれど」
「急ごうチグサっ!」
「はいはぁい」
何が起こっている?
猛烈に嫌な予感がした私は、チグサを促してナップス村の中へと足を急がせるのだった。
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