3、虚栄に彩られた本性
デルバの魔術が、立て続けに魔物を焼き続ける。
それを制止する者は、誰も居ない。
むしろ誰もが興奮した様子で、お祭り気分で大盛り上がりしている。
────刹那。
魔物を守るように割って入ってきた人影が、迫り来る『火の魔術』を『素手で弾き飛ばした』。
「おや? 貴女は、どちら様ですか?」
「……魔術を、素手で弾いた……?」
『オ、オヤビンンン……ッ!?』
立ち塞がったのは、一人の小柄な人物。
男か、女か……ハッキリとした区別は付かない中性的な見た目、何やら物珍しい黒の装い、帽子の下の艶やかな長い黒髪と、燃ゆるような赤い瞳は、何処かただならぬ気配を感じさせる。
そいつの乱入に歓声はシンと鳴り止み、正面に対峙したデルバは、訝しげな表情を浮かべた後に「その人相……まさか……」と呟く。
そして、再び群衆へと向き直って大袈裟な演説を再開した。
「皆さんっ、一大事ですっ! そこに居る者……可愛らしく幼い少女の容貌をしていますが、騙されてはいけませんっ! あれこそは……!」
デルバは、「逃がさない」と言いたげに真っ直ぐにそいつを指差す。
そして、そいつの正体を堂々と暴露した。
「────『魔王』。五百年前、我らが祖たる伝説の勇者が討伐した、あの『魔王』の名を自称する危険人物ですっ!!」
群衆が一斉にざわめき始める。
五百年前……今や遠い昔の出来事を、詳しく知る人物はこの中には一人もいないだろう。
だが、信頼する『公認勇者』の暴露に、少なからず誰もが異様な雰囲気を覚えたようだ。
「しかし、皆さんどうかご安心を。今こそ、『公認勇者』たる我らが立ち上がる時。五百年の時を経て進化した我らの手に掛かれば────『魔王』ごとき、恐れるに足らず」
そう語りながら、デルバは魔王を見る。
少しの沈黙の後、デルバが素早く手を前に突き出すと……。
「────【ウォト】ストリング・オルター【デア】ッ!!」
その手中から、紐状の物体が放出。
それは瞬く間に魔王の小さな身体を縛り上げると、強固な鎖と変化して魔王を拘束した。
警察ギルドが用いる捕縛魔術だ。
「……ッ!」
「──ロチャッ!! 今だッ!!」
デルバの指示が素早く飛ぶと、ロチャと呼ばれた大男が体格に似合わぬ素早い動作で魔王の背後に回り込んだ。
その巨体で魔王に覆い被さるように、頭を帽子ごと鷲掴みにして押し倒すと、魔王はアッサリと取り押さえられてしまった。
『ぐぇぇッ!? オ、オヤビン……ッ!? な、何やってんの……ッ!?』
「なんだ……少しは期待しましたが、本当に大したことありませんね。皆さん、ご覧の通り『魔王』は我らの手で取り押さえました! これこそが、我ら公認勇者の力なのですっ!!」
「……」
あまりにも呆気ない逮捕劇だったが、群衆にとっては最高のパフォーマンスだったようだ。デルバの大袈裟な語り口調に、観客は再び沸き上がる。
「ですが、油断してはなりません。放っておけば、またこのような愚かな行為を行う輩が出てきてしまうかも知れない。よって、明日の予定を急遽変更しまして……」
ただ、事態はそれだけでは済まされない。
図らずか否か、魔王はこの場を刺激する極上のスパイスとして利用されてしまったようだ。
それも、そいつにとって……最悪な形で。
「────この広場で、『魔王』の処刑を執り行うとしましょうっ!!」
『しょっ、しょしょしょ処刑ぃ……ッ!!?』
それは、流石にいき過ぎだ。
だが、当然ながらデルバの決定に逆らおうとする者は誰一人としていない。
その瞬間。
広場の群衆は、最高潮の盛り上がりを見せた。
「……」
そこまで見届けた上で帽子を深く被り直すと、発狂するように盛り上がる群衆の中から、ヒッソリと抜け出すのだった。
ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー
ナップス村にある、賓客用特別宿。
村の中でも最上級の設備が整った宿部屋で、デルバは高らかに笑っていた。
「──あっーはっはっはっ! これはとんだ拾い物だったなっ! あのセントラル・ナバラントが名指しで手配した『魔王』とやらを、こんなアッサリと捕まえられるなんてよっ!」
複数人用のソファを独占して寝そべるデルバに対して、向かい側の椅子に座る少女、エーフィーは腕を組んだ状態で考えるように首を傾げる。
「黒髪、赤目、小柄……確かに特徴と一致していますけど、一応ナバラントに引き渡した方がいいんじゃないですか?」
「賞金が出る条件は、捕縛か抹殺どちらでもいいって話だろ? なら、さっさと殺してしまった方が余計な荷物を運ぶ手間も省ける。それに、仮に『間違っていた』としたら、交渉次第では賞金の二重取りだって出来るかも知れない。民衆が依頼してくるダルい雑用をチマチマやるよりよっぽど稼げるぞ」
「人違いだったとしたら、流石に哀れでしかありませんね」
「まぁ、俺らに捕まったのが運の尽きというヤツだな。あの自称『魔王』には、俺らの輝かしい人生の為の人柱になって貰おうぜ」
「人柱……つまり、明日の処刑はパフォーマンスに過ぎないと?」
エーフィーがそう尋ねると、デルバは身体を起こして前のめりになり、愉しそうな顔つきで語り始めた。
「知ってるか? 人間ってのは、同じ人間の死に際に興味をそそられるもんだ。目の前で人の首が飛ぶとなっちゃぁ、全員目をギンギンにして釘付けになるぜ? 今や村人連中の信頼は俺らが握ってんだ。ここで一つ大イベントを起こしてやりゃぁ、この村の関心はますます俺らに向くことになり、馬鹿な民衆はもっと金を出すようになる」
「しかも、『魔王』を倒したことにより、たんまりと賞金が入ってきますね」
「分かるか? 人間の死ってのはな────金のなる木なんだ、稼げるんだよ。折角、合法的に認められた殺人パフォーマンスを披露出来るんだ、十二分に活用してやらなきゃバチが当たるってもんだろ!」
「……とても『公認勇者』の名でお金を貰っている人の台詞とは思えませんね」
「ハッ、何が公認勇者だ! 肩書きが一丁前なだけで、古臭い風習を従ってるだけじゃねぇか! 勇者もッ、ナバラントもッ、一般人どももッ、この世の中の人間は馬鹿ばっかりだ! どいつもこいつも簡単に騙される! チョロいんだよ愚民どもがッ! その足りねぇ頭使って汗水垂らして稼いだはした金を精々この俺の為に献上するんだなァッ! アーハッハッハッハッッ!!」
勇者は……いいや。
勇者の名前を『騙る』詐欺師は、自身の掌の上で躍り狂う愚民の姿を見下ろしながら嗤う。
その姿を見ながら、エーフィーは顔色一つ変えずに小さく呟いた。
「……最初はチマチマとした小遣い稼ぎしかしていなかった小悪党に過ぎなかったあなたが、ここまで変わるものなんですね」
「あ? 何か言ったか?」
「いいえ、何も。あなたはそのままでいいと思いますよ……そのままで、ね」
そんなやり取りを経た後。
宿部屋の窓際で一つ、小さな影がコソコソとその場を立ち去っていたことを……彼らは誰一人として気付いていなかった。
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