2、公認勇者のショータイム
『ん~~~~っ! ふぁぁっ、よく寝たぁ~っ! 今日もお空は快晴っ! 絶好の散歩日和だねっ! ねっ、オヤビンっ!』
馬車から降りるなり、俺が被る『帽子』が呑気な声を上げた。
こいつはこの俺、『魔王さま』の旅路に同行している、ニロという名前の珍奇な『喋る帽子』だ。魔王の同行者にしては幼稚な気配は強いが……まぁ、賑やかし要員みたいなものだと思えば、こいつの陽気さも旅の良いアクセントになるだろう。
「おっ? 見ろよ、ニロ。面白ぇもん見っけたぞ」
『面白いものっ!? なになにっ!? ボクにも見せてっ!』
村の入り口付近に立てられた掲示板を指差して言うと、ニロは頭の上で意気揚々と揺れる。
ただ、そこに掲示された張り紙は、ニロの期待には沿わない内容のようだ。
「────求む、不審者目撃情報。『魔王』を自称する不審者を発見した際、警察ギルドにまで即座に通報して下さい。情報提供者、もしくは身柄を確保した方には賞金を差し上げます」
『…………指名手配、されてない?』
「不審者だの自称だの、テキトーな呼び方しやがって。こちとら堂々と『魔王』って名乗ってんのに失礼しちゃうっての」
『いやソコッ!? 呼び名なんてどうでも良くないッ!? まずは狙われていることに危機感持とうよぉッ!!』
「だな、こりゃ由々しき事態だ。いっそ警察ギルドに通報すっかぁ……不審者じゃなく『魔王』に統一しろって」
『いやダメダメダメダメぇッ!! それ自ら首絞めにいってるからッ!! わざわざ捕まえて下さいって言っているようなもんだからぁッ!!』
俺は「ハイハイ」と笑いながら適当に返事をしつつ、ニロと共に簡素な木造家宅が所々に並ぶ村の中を歩いていく。
ここは、ナップス村。
都市から離れた辺鄙な地域だが、とても質の良い農作物が取れることで有名な村……ということらしい。最近では、都市部から静かな暮らしを求めて移住してくる若者も増えているのだとか。
『それで、オヤビン? これからどうやって【魔王の遺物】を探していくの?』
「知らん」
『えぇぇ……?』
「実際のところ擬態性は異常に優れているからな、あいつら。前みてぇに人間の体内に潜り込んだり、骨董品に化けたり、自然に紛れたりされちゃぁ、外見じゃ殆ど見分けが付かねぇ」
『それじゃあ、どうやって見つけるの?』
「一番ハッキリすんのは……【遺物】が正体を現した時か、『力』を使った時だな。簡単に言やぁ、あいつらはこの世界の魔術とは全く異なる『力の集合体』みてぇもんだ。その気配を見分ける術さえ知ってりゃ、誰だって察知することぐれぇは出来んだろうよ」
『それじゃあボクには無理だねっ! 魔術の心得なんて微塵にも無いしっ!』
「んな胸張って自分の無能ぶりをドヤられてもなぁ?」
手掛かりは今のところ、全く無いと言っていいだろう。
ただ、【魔王の遺物】は人間の集まる場所に引き寄せられる傾向がある。そうした意味では人口密度の高い都市部が一番の危険地帯ではあるのだが……こうした辺鄙な村こそ、【遺物】が人知れず息を潜め易い場所でもある。
そして、気付いた時にはもう『手遅れ』だった……なーんてパターンも、【遺物】の手に掛かれば決して珍しくはない。
「────それでは皆さんっ! これより、『魔術』の使い方を皆さんに伝授しましょうっ!!」
突如、そんなハツラツとした演説が聞こえてきた。
見れば、村の広場とおぼしき場所に人集りが出来ている。結構な人数……この村の住人全員が集まっているように見受けられるが……。
道理で、村に入った時から人の姿が見えなかった訳だ。
『魔術の使い方!? それさえ分かれば、ボクも魔術使えるようになるかな!?』
「結構気にしてんじゃねぇか、お前」
『やっ、き、気にしてないよっ!? 別に気にしてないけど、タダで教えて貰えるなら貰っておかないと相手に悪いからねっ!』
どうやら、うちの同行者は興味津々のようだ。
帽子のニロのエネルギッシュな動きに頭を引っ張られるように、俺は溜め息を吐きながら広場へと足を向けた。
『ねぇねぇ、あの人は誰? 結構有名な魔術の講師だったりするの?』
ニロが、野次馬の男性に尋ねる。
その声が俺の物だと思った男性は、何も疑問に思うことなく帽子の質問に答えてくれた。
「は? お前、あの人らが誰か知らねぇのか!? あの人たちこそ、かの有名な『公認勇者』だぜ!?」
『…………えっ……えぇぇぇぇっ!? こ、公認勇者ぁっ!? あっ、あの人たちがぁっ!?』
盛り上がっているなぁ……。
どこか興奮気味な絶叫を上げたニロに、俺は訝しげに尋ねてみる。
「『公認勇者』?」
『オヤビンってば、【公認勇者】を知らないのっ!? 五百年前に魔王を討伐した伝説の勇者様に変わって、この世界を守護する役割を担う凄い人たちだよ!? それはもう途轍もなく厳しい試練を乗り越えて、伝説の勇者様が認めた者だけが晴れて【公認勇者】を名乗れるんだってっ!! とにかく実力も智力もカリスマも兼ね備えたスッッッゴイ人たちなんだからっ!!】
そう言えば、前に立ち寄った町でも色々な奴らがこぞって噂していたな……。
国にも、政府にも、どこにも属さないあくまでも中立的な自由集団……。
────『公認勇者』。
世界中の都市町村に設置された『掲示板』に勇者への依頼書を張り付けることで、何処からともなく『勇者ライセンス』を持つ公認勇者が現れる。彼らに依頼料を支払うことで、どんな些細事でも、どんな危険な仕事でも、バッチリ解決してくれるのだとか。
「その伝説の勇者ってのは、そもそも五百年前の人物だろ?」
『流石にもう亡くなっちゃっていて、代わりに公認しているのはお弟子さんなんだって! それで何より凄いのは、今この世界で公認勇者として認められているのは────たった五人しか居ないって話っ!! あの人たちがその内の三人ってことでしょ? 凄いなぁ~っ! カッコいいなぁ~っ!』
「五人……確かに少ねぇな。公認勇者とやらの門の狭さが窺い知れる訳だ」
そもそも、何故そんな有名人が三人もこんな所に居るのか?
何か事件があった、という雰囲気でもなさそうだが……。
先頭の意気揚々と演説するリーダーと思われる男、その隣に立ち尽くす無表情な大男、少し距離を離した場所で腕組みをして柱に寄り掛かっているスレンダーな女……確かに、一般人とは違って独特な雰囲気を醸し出しているようだ。
「『魔術』とは、この世の自然現象を自在に操る力。皆が等しくその身に秘める『魔力』を糧として自然と同調させると、主に『四つ』の自然現象を発現させることが出来ます」
四つの自然現象とは、【火】、【水】、【風】、【地】の『四大属性』のことを指す。
彼らの発現する魔術は、属性によって特性が異なり、術師によっても使い方は千差万別。『魔力』の抽出方法から始まり、『魔力』の練り方も、人によって違う。更には同じ『火の魔術』でも、規模が大きかったり、鞭のように長かったり、飛翔速度が速かったり、虫のように蠢いたり……人それぞれで、魔術の形状は大きく違ってくる。
人というのは、十人十色。
考え方も、身体の作りも、思想も、まるで違う。
魔術は、そういった違いが大きく作用してくる。
理屈云々よりも、個々の感覚がモノを言う世界。
人が他人を完全に理解するのは不可能と言われるのと同じ様に、人から人へ魔術を伝えるのは非常に難しい行為だと言われていたが……。
「偉大な歴代の魔術師たちは長い時を掛けて、魔術発現に適切な『呪文』を開発し続けてきました。私たちはそれを唱えるだけで、魔術を発現させることが出来るのです!」
『えっ? 決まった【呪文】を唱えるだけ? 【魔術】ってそんなに簡単だったの? 流石は公認勇者だなぁ~説得力が違うよねぇ~!』
「話が長ぇ」
『もう飽きてるっ!?』
便利な世の中になったものだ。
魔術の抱えていたしがらみは、なにやら【呪文】とやらで何とかなるっぽい、へぇ~。
しかしまぁ座学はどうにも苦手だ、退屈過ぎる。
どうやらあのリーダー格の勇者様は、相当の話したがりのようだ。
欠伸をしながら勇者様の饒舌な講演を眺めていると、ようやく違った動きを見せ始めた。
「さて、座学だけでは皆さんもさぞ退屈でしょう。ここで一つ、この私が皆さんの前で実演してみせます! エーフィー、準備してくれ!」
リーダーに促されて、後方で腕を組んでいた女が短く息を吐きつつ近くの建物に入っていった。
何が何だか分からないが、実演とやらの準備に向かったのだろうか?
『実演だってオヤビンっ! 公認勇者の魔術を生で見れるなんて感激だぁ~!』
「……なぁ、ニロ。何か『臭わねぇ』か?」
『えっ!? ボク臭うっ!?』
「残念ながらそっちじゃねぇんだな」
『残念ながらってどういうことッ!? とにかく臭いなんてしないよっ! 今は公認勇者の魔術を拝見しよーよっ! どんな魔術を見せてくれるのかなぁ? 楽しみだなぁ~』
『臭い』……。
この観客たちを見た時から、微かに鼻腔を突くような臭いを感じていたような気がしたのだが……勇者様の演説に興奮している様子だし、熱気の臭いと勘違いしたのかも知れない。
まぁ、今のところは強烈に気になる程度のことではないが……。
そんなことを考えていると、エーフィーと呼ばれた勇者様が建物から出てきて……一人の毛むくじゃらな人物をリーダーから離れた場所に跪かせた。
『…………えっ? あれって……』
「──『魔物』だな。特に縛られている訳じゃねぇが……どうするつもりだ?」
エルバと名乗った勇者様は、跪かせた魔物へ向かって手を向ける。
「それではご覧下さい! これがっ! 公認勇者デルバの魔術です────【エズゥ】ッ!!」
仰々しい呪文が辺りに響き渡ると、その手中から巨大な『火球』が勢いよく放たれ……。
────瞬く間に、魔物を呑み込んだ。
『はっ?』
「……おいおい」
『火球』に呑まれた魔物は、全身を焼かれた状態でそのまま地面に投げ出された。
その図は、まさに虐待のそれだ。
あまりにも一方的な仕打ちに、ほんの数秒前まで盛り上がっていたニロでさえ、思わず無言になるほどだった。
しかし、当の本人らは違った。
虐待されている筈の魔物は、涙を流しながら、何処か満足げに笑っている。
そして、それを傍観している観客らといえば、「うおおぉぉォォォォッ!!」と、まるでショーを見ているかのように歓声を響かせて沸き上がっていた。
「ご声援ありがとうございます! 私たちの指導があれば、皆さんでも簡単に魔物をやっつけられるようになりますっ! 更にっ! やり方さえ分かれば……このようにッ!」
「──!」
デルバは再び、笑いながら涙を流す魔物へと向き直ると、次は呪文を唱えることなく『火球』を繰り出す。
立て続けに。
まるで、痛め付けるかのように。
何度も、何度も、何度も。
「幾らでもッ! 魔物どもをッ! なぶり殺すさえもッ! 出来るのですッッ!!」
それを制止しようとする者はいない。
魔物も、勇者も、観客も、「アハハハッ!!」と高らかに笑いながら、残酷なショーを楽しんでいる。
小さな村の広場に、歓喜の笑い声だけが轟く。
頭のから足の先まで「アハハハハハハハッ!!」という、つんざくような笑い声が響き続け、つられるように、自身の感覚までもが麻痺を起こし始める。
これは……自分も笑うのが正解なのか?
そんな感情が、胸の奥から沸き上がってくるほどに。
……アハッ。
アハハハハ、ハハハハ……ッ。
アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!
「うっせぇな……」
『……なん、なの……なんなんだよ、これぇ……ッ』
生憎、俺からすれば群衆の放つただの雑音にしか聞こえないのだが……。
故にこそ────気付いた。
『臭い』だ。
群衆の興奮が増し始めた辺りから、『異臭』が脳にまで突き刺さりそうな勢いで強くなってきた。
それに、この、まるで、そう……感染しているような笑いの伝播。
『臭い』、『感染』、『興奮』……。
それらのキーワードが俺の頭を一巡した時────ようやく、俺の中の記憶に『引っ掛かった』。
これは、まさか────【あいつ】の仕業か……!!
「こりゃ、やべぇな……警戒しろ、ニロ」
『オヤビン……?』
「俺らは既に『術中』だ。この場に居るぞ────【魔王の遺物】が」
『え……ッ!?』
ニロの激しく動揺する声を無視して、俺は群衆の中から舞台へと飛び出した。
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