勇者感染 ナップス村編

1、勇者の遺言




 ────私たちは……ここまで、みたいだ……。


 見下ろしている。

 今にも事切れそうな者たちを、『俺』は冷めた目付きで見下ろしている。

 悲しいだとか、嬉しいだとか、そういった強い感情などはなかった。


 ────【奴ら】は……私たちが、どうにか出来るものじゃなかった……私たちでは、荷が重過ぎたんだ……。


 もはや手遅れだ。

 彼らの末路は、既に避けようがない……それだけは、何も考えなくとも分かる。

 すると、その内の一人が、痙攣する手をすがるようにこちらへ伸ばしてきた。


 ────なぁ、『未空』……こんなこと、頼むのもおかしな話だが……頼む……どうか、この世界を……。


 俺は、その手を取ったりはしない。

 無言で、表情も変えず、ただただ彼が枯れた声で滲み出す次の言葉を待ってやった。



 ────お前たちの手でッ……この狂った世界を、ぶっ壊してくれッ…………た、のむ……ッ。



 屈辱、悔恨、羞恥……。

 そんな負の感情だけで形作られた言葉が、一筋の涙と共に彼の口から放たれると……彼の手は、バタンッと地面に落ちた。








 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー







「……!」


 目が、パチッと覚める。

 何処か眩む頭を押さえながら上体を起こすと、穏やかな声色で誰かが尋ねてきた。 


「──うなされていたようだが、大丈夫かい?」


 周囲には、俺も枕にしていた藁の山。

 木で出来た壁が、ガタガタと揺れている。

 ふと視線を落としてみると……俺の太ももを枕にするように、ズシンとやたらと重みのある『帽子』が乗っていた。


「……何だか重みを感じると思ったら、『こいつ』の仕業かよ」


 視線を戻すと、向かい側にハリボテな木の壁を背にして座る男性が居ることに気付く。麦わら帽子のつばで顔がよく見えないが……少なくとも、その口振りに敵意は感じられなかった。


「君たちは……随分と幼く見えるが、旅人かい?」

「……まぁ、そんなところだな。そっちは?」

「近場の釣り場に行っていたんだが、残念ながら今日は外れだったんだ。帰ろうとしたところで丁度この馬車に出くわしてね、厚意に甘えて送ってもらっている」

「釣り、ねぇ」


 ここは……。

 あぁ、そうだった……途中で出くわした馬車の中だ。

 近くの村まで行くということで、俺も休憩がてら同乗させて貰ったのだ。


「ふぁぁ~……申し訳ないが、こちらも寝させて貰うよ。最近は何かと物騒だから、くれぐれも気を付けたほうがいい。君たちの旅の無事を祈っている」

「あぁ、肝に銘じておく」


 俺自身がその旅の無事を脅かす、『物騒』の種でもあるんだが……まぁ、それはいいか。

 そんなことを考えながら、俺は日の光が差し込む壁の隙間から、ぼんやりと穏やかな草原の世界を眺め見る。

 夢で見た凄惨な光景を、頭の中で思い返しながら。


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