Last... 魔王の宿敵


 傍らに置かれた『帽子』が、生き物のようにバタバタと動きながら喚き始める。


『────マジで消し炭になるとこだったんだけどぉっ!! ボクもう二度と【あんなこと】やんないんだからねぇっ!?』

「お手柄じゃねぇか、ニロ。『お前のお蔭』で、あの店も、マスターも、魔物も、焼かれずに済んだんだからよ」

『…………えっ……ボクの、お手柄……? いやぁ~えへへぇ~それほどでもないよぉ~まったくおだてるのが上手いんだからぁ~オヤビンってばぁこのこのぉ~』

「チョロいやつ……」


 かつて、この世界は『魔王』が支配していた。

 『勇者』の尽力によって見事討伐されたが……魔王が世界を支配している中で産み出し、遺していった【魔王の遺物】はそのままだったという。

 【魔王の遺物】は、討伐から五百年経った現在でも、人知れず人々の生活と命を脅かしている。

 あの【ムカデ】も、その内の一つだ。


『しかしまぁ……本当に居たっすねぇ、【遺物】を使う人間……しかも、警察ギルドの中に』

「だから言ったろ?」

『うぅぅ……ホント、警察に相談しようなんて浅はかにも程があったよ……オヤビンは、最初から分かっていたの?』

「人間なんてもんは、どんな役職についていようが自身の利益を優先しちまうもんだ。警察ってのは、やろうと思えば幾らでも既得権益を得られる組織だからな」

『うへぇ……闇だぁ~』

「おいおい、勘違いすんな。そういう歪さや弱さを持っているのが、人間の面白さでもあんだぜ? だがよぉ……そこに【遺物】を使おうってんなら話は別だ」

『【魔王の遺物】、かぁ~……』


 俺は、知っている。

 【魔王の遺物】は、生物を狂わせ、秩序を大きく乱す、ただただ害悪なだけの存在……即ち、世界には『在ってはならない』存在だ。

 しかし、『魔王』の遺した物は『魔王』にしか殺せない。

 だから、俺が『来た』。

 かつてこの世界に撒き散らされ、そのまま放置された害悪を、この手で完全に後始末する為に。


『……ところで、オヤビン』

「あん?」

『ボクらさ、何で【こんなところ】に居るの……?』


 ニロが怯えるように、震えた声で呟く。

 周囲は、冷たい石造りの空間。正面には、重厚な鉄格子が立ち塞がっている。そして、肝心の俺と言えば……。

 頭の後ろで両手を結ばれ、鎖で壁に拘束されていた。

 まぁ、これは要するに……。


 ────監禁状態、というヤツだ。


 何故監禁されているのか?

 そんなもの、捕まってしまったからに決まっているだろう。


「何かを成そうとする時、大抵の場合は誰かの反感を買うもんだ。つまり、必然と敵も生まれる。あん時みてぇにな」

『へっ? あ、まぁ……だけど、まさか本当に警察を相手にするとは思っていなかったわけで……』

「さて、問題だ。『魔王』にとっての『宿敵』って何だと思う?」

『…………いやっ、いやいやいやいやぁ、なに言ってんだよぉオヤビンってばぁ! オヤビンは【魔王さま】じゃん!? この世界を支配するお人であり、それ即ち、世界最強ってことじゃん!? そんなオヤビンに【宿敵】なんて居る訳が無いじゃ~ん!?』


 自身の不安を払拭するかのように、ニロは励ましの言葉を投げ掛けてくるが、ガチャッと扉の開く音に掻き消される。

 鉄格子の向こうに現れたのは、俺をここに閉じ込めた男たちだ。


「……おいおい。こんなチビが噂になってる『魔王』とか、何かの間違いなんじゃねぇのか?」

「仮に偽物だったとしても、『見せしめ』にはなる。自称しているこの馬鹿の自業自得だ」

「まぁ確かにな。オイ、『魔王』とやら。お前の処分は────『公認勇者様』が下される。それまで精々大人しくしておけ」


 どうやら見回りに来ただけのようだ。

 それだけ忠告すると、彼らは早々に牢獄から立ち去っていった。


『【勇者】……?』

「知ってっか? 魔王ってのは勇者さまに討伐されるのが定番なんだとよ」

『…………誰かぁッ!! 誰か助けてぇぇッ!! ボクまだ死にたくないヨォォッ!!?』


 帽子が命乞いするように、バタバタと暴れ狂う。

 景気よく『後始末』を始めたつもりだったのに、いきなり絶体絶命である。

 さて、これからどーすっかなぁ……?

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