5、成るか、成らされるか


 それは、エトムント先輩に苦手な魔術の鍛練に付き合って貰っていた時の記憶。

 一連の鍛練を終えて後片付けをしていた時に、彼とこんな会話を交わしたのを覚えている。


「お前も、そろそろ現場に慣れてきたみたいだな」

「それもこれも先輩の指導のお蔭です! まだ、魔術は上手く扱えないんですけども……でも、頑張りますっ! 私、先輩みたいに強くて冷静な、頼れる警察になりたいんですっ!」

「俺みたいに……?」

「はいっ! だって私にとって、先輩は警察人生のお手本ですからっ!」


 私だけじゃなく、警察ギルドの面々ならば、誰もがエトムント先輩に憧れを抱くだろう。

 現場指揮はお手の物、武術の心得もあり、魔術の扱いも巧みだし、冷静沈着でカッコいいし、噂では『上』からの信頼も厚く……まさしく、警察ギルドを引っ張るに相応しい人材だと言われている位だ。

 そんな私の期待の眼差しに対して、先輩は踵を返してからこう言い放った。


「いいか? お前の中に理想があるなら、他人の姿に憧れ続けるのは辞めろ」

「先輩……?」

「俺の教育を受けたとしても、お前はお前だ。お前は────俺には成るな」


 その時、彼が何を言いたかったのかは……いまいちよく分からなかった。冷たい口調で語りつつも、何処か物寂しげだった彼の背中は、今も目に焼き付いている。

 せめて彼の心情を知りたくて、任務から戻ったら話を聞いてみようと思っていたが……。

 その翌日。

 リトル・リーチェで、私たちはあの事件に巻き込まれてしまい……私が、エトムント先輩の真意を聞く機会は失われることとなった。

 






 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー








 事件発生から二日後。

 まだ傷も癒えてないし、周りからは安静にしているようにと何度も止められたが……そんな制止の声も無視して私は再び、エレマイ山の麓にあるリトル・リーチェへと足を向けていた。


「……こんにちは」


 意を決して店内に入ると、カウンターに立ってカップを磨くマスターの姿が目に入る。

 一方の彼は私の方を一瞥すると、ゆっくりと視線を戻し、作業を続けつつ疑問を投げ掛けてきた。


「警察ギルドが何の用だ?」

「……いえ。あの、火事になった筈ですよね、このお店……」

「あぁ。どっかの誰かさんが、やたらめったら火を放ったお蔭でな」


 この人も火事に巻き込まれた筈だが……火傷の形跡すら見えないのは何故なのだろうか……?

 どちらにせよ、何でもないように振る舞ってるが、彼からすれば迷惑極まりない話だろう。店内に充満する『場違い感』を全身で感じつつ、私は……。


「────申し訳ありませんでした」


 彼に向かって、深々と頭を下げた。

 それでも、彼の作業する手は止まる気配すらない。


「……何のつもりだ?」

「今回の件は、私たちに非が有ります。皆さんを守る任を持って事に当たる筈が、かえって皆さんを危機に晒すことになってしまって……本当に、申し訳ありません」

「それは『お前個人』の言葉だろう?」

「……!」

「警察ギルドは、『魔物を炙り出す為の正当な行為だった』って表明を出した。お前一人が頭下げて謝罪したところで何の意味にもならないことは考えるまでもないだろ」

「それは……」


 実際、今回の一件で店に賠償金が支払われることなどはなかった。

 あくまで『必要な措置』だった……弁償するどころか、頭を下げる必要すらない……警察ギルドは、あくまでもその姿勢を貫くつもりのようだ。

 だけど、私は……。


「あ……」


 ふと視線を上げた時、店の奥からこちらを覗く人影がいることに気付く。

 人型の獣……かつて、私たちが追っていた『魔物』だった。

 どういう、ことだ……?

 彼女は、確かに私たちの目の前で【炎魔術】に撃たれて死亡した筈、だが……。


「ぁ、あの……」

「……」


 可愛らしいエプロン姿に身を包んだ彼女は、何処か軽蔑するような視線を私に向けてから、何も言わずに奥に引っ込んでしまった。


「うちの新しいウェイトレスに、何か文句でも?」

「──! いえ……そんなことは……」

「分かったらさっさと帰れ。いつまでもそんな辛気臭い顔をされていたら、店の雰囲気が悪くなる」

「……」

「おい、聞いているのか?」

「…………今回の事で、思い知りました。私は、ただ正義を振りかざすだけで、何も考えていなかったんだって」


 あの一件以降、エトムント先輩は意識不明のままだ。

 思わぬ形で彼と距離を開ける形となったことで、図らずも私はこれまでの自身を見直す機会を得ることが出来た。

 全てを焼き尽くす炎の中で、私が見たこと、感じたこと……。

 『彼ら』が語る通り、苦しい程に痛感した……私は、私の役割に引っ張られていただけことも。視野が狭過ぎた上に、分かっているようで何も分かっていなかったことも。

 だから……。


「私は、これからも警察を続けます。誰かを守る為、人々の平和を維持する為、そのスタンスを捨てるつもりはありません。ただ……その為に、悪いことに目を瞑ったり、利己的な意図を無視することは、絶対にしないと……そう決めました。例え、それがギルド内部の思惑だったとしても」

「ふんっ、口だけなら幾らでも言えるだろう、そんなことは」

「分かっています。だから、今日は意思表示に来たんです────私は警察という役割に、私の全てを懸けてみせるって」


 最早語るまでもない……警察ギルドは、私も含めて根本から腐敗している。これまで警察ギルドのせいで、何の罪も無い人々が傷付き、陥れられてきた……それを守る為の、私たちのせいで、だ。

 その事実を、ようやく私は実感した。

 ならば、それを見て見ないふりは出来ない。

 いいや、その一端を担ってしまっていた以上、今更責任から逃れる訳にはいかない。

 今こそ、本当の意味で。

 あの時、エトムント先輩が言っていた言葉の真意を、考え直す必要があるのではないか……そう思ったから。

 私は、ここから生まれ変わる。

 私が、私自身の手で、変えなくちゃならないんだ。


「そして……いつか、許されるなら……『彼女』と、友達になりたい…………それは、一生懸けても無理かも知れませんけど……」

「それも、思うだけなら誰にでも出来ることだ……実現させることもまた、同様だがな」

「……! はい、ありがとうございます」


 全ては、これからの私次第。

 最後まで無愛想な受け答えだったが、その機会を与えてくれたマスターに、私はもう一度深々とお辞儀するのだった。


「あ……そういえば」

「まだ何かあるのか?」

「……マスターには、お話しておきます。あの一件の後、私たち警察ギルドへと『セントラル・ナバラント』から通達がされました────くだんの『不審者』を発見次第、逮捕もしくは抹殺するように、と」

「『ナバラント』だと? ギルドの『まとめ役』から直々に命令が下るとは、随分な話だな」

「えぇ、ですが…………いえ、とにかく。『あの人』には、警察としても、個人としても、話したいことが山程あるんです。マスターは────『魔王』の行方について何かご存知ありませんか?」

「そんなこと俺の方が知りたい。あいつは『魔物』を押し付けた上に、店の貸し切り代と余計な上乗せ料金を置いていきやがった」

「上乗せ? それって、まさか……口止めの為の……?」

「『どうせ従業員一人雇うのも大変なんだろ? ついでに、こいつでこのオンボロな店を建て直したらどうだ?』だとか抜かしやがったんだよ、あいつは」

「……え? 口止め料、とかじゃなくて……養育費と修繕費?」

「なめやがって、あの野郎め……次会った時に、受け取ったこの金丸々押し返してやる」


 あの仏頂面のマスターが、コップを握り潰さん勢いでイラついている……。

 しかし、これは……やはり、変じゃないか?

 一連の行動が、警察ギルドを貶め、自身の悪名を轟かせる為だったとするならば……少々、余計なことをし過ぎじゃないだろうか?

 『魔物』に言葉を教えたり、居候先を用意してあげたり、お店に資金提供したり、それに……敵である筈の私に、警察ギルドの不祥事を見せつけるような真似をしたりして……。

 これでは、まるで……。


「……何者だったんでしょうか、あの人は……」

「そんなの、決まっている」

「え?」

「何物にも染まらず、世間の常識に左右されず、そこに異を唱えることを恐れず、こっちの気も知らないで、最初から最後まで自分勝手に振る舞う……ああいう輩を、規律で回る世界や社会は最も嫌うもんだ」

「……要は、社会不適合者ってことですか?」

「あいつの場合、むしろ喜んで受け入れそうな悪口だな。だからこそあいつは正真正銘、世間様の嫌われ者────『魔王さま』ってヤツなんだろうさ」

「正真正銘、本物の『魔王』……あなたは、一体何を考えてるの……?」


 結局、最後の最後まで得体が知れない……。

 あの、何を考えているのかすら分からない不敵な笑みを思い返しながらも……私は、やり場のない感情を胸に抱くのだった。





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