4、ただ一人、立つ
「──!?」
突如、『炎の中』から声が上がる。
緩み始めた身体が一気に緊張し、視線を落とすと……轟々と燃え盛る炎の中に、ユラリと一つの人影が揺らいだ。
「触れ、感じ、抜き、解き、そして掴む。不自由に嘆いて、頭を抱える為じゃねぇ。実体、感情、事象、隠された真実……そして、この世のありとあらゆる万物を掴む為に、『俺』には五本の指が必要だった。まぁ、要するに、だ」
まさか……流石に冗談だろう……?
炎の中の人影が腕を大きく動かすと……その動きに沿って、炎が大きく揺らぐ。
そして、内側から炎が抉じ開けられ、まるで気泡のように四散すると……。
「炎を消しただと……馬鹿な、一体どうやって……?」
「『これ』はな、『証明』だ。そいつが、社会に虐げられる弱者だろうが、引きこもりのニートだろうが、スラム街のホームレスだろうが────人間がその気になりゃぁ、出来ねぇことなんて何も無ぇんだよ」
炎を、文字通り指先で『押し退け』ながら。
余裕綽々といった様子で。
────魔王は、顕れ出た。
炎の中で佇みほくそ笑む様は、まさに地獄から這い上がってきた怪物。
その異様かつ圧巻な姿には流石の俺も、内心動揺せざるを得なかった。
ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー
どうやら、魔王さまは健在のようだ。
あれだけの炎に包まれながらも、身に付けた衣服は焼け焦げた跡すら付いていない。
説明がつかない不可解な現象を前に、同じく不可解な現象を操るエトムントがポツリと呟く。
「……役者だな、やられたフリとは。だが、状況は何も変わって────」
「お前とおんなじ言葉を返してやんよ────手の内を明かした時点で、既に終わってんぜ?」
「ッ!?」
魔王さまが手を前に突き出し、まるで指先で塩を摘まむような動作を見せ付ける。
すると、エトムントの両目の目蓋がバチンッと勢い良く閉じられ……彼が驚くよりも前に、その顔面がボゥッ!!と勢い良く燃え上がった。
「────ンッッギャァァあああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!? 目がッッ!! 顔が焼けるゥゥゥゥううううううウウウウウウウウウウァァァァァッッ!!」
忽然と顔面を灼熱に襲われ、絶叫を挙げながら悶え苦しむエトムント。
その姿を眺める魔王さまは、ニタリとほくそ笑みながら彼に……いいや、【そいつ】に語り掛けた。
「熱いか? 熱いよなぁ? だったらさっさと『出て』こねぇとなぁ? 早くしねぇと……【お前】の方が消し炭になっちまうぜぇ?」
『────ァァァアガガガァァァァ……ッッ!!』
もはや人間の声とも思えない、恐ろしい不快音を撒き散らしながら……。
エトムントの目蓋を突き破り────【胴体が長い生物】が飛び出してきた。
長くテカりのある胴体、無数にある脚。
その風貌は、まるで【ムカデ】だ。
それを目視した瞬間、魔王さまはエトムントへと一気に距離を詰める。
エトムントの顔面を足蹴にして床に押し倒し、飛び出した【生物】を鷲掴みにすると……それを、何の躊躇もなく、ズリュリュッ!!と肉を抉るような音を響かせながら一気に引き抜いた。
「よぉ、人間ん中は居心地良かったかぁ?」
『アッ、ァァアア貴方、様ハッ……何故ッ、何故ェェ……ッッ!? 【一族】、ヲ……裏切ルッ、ツモリカァァ……ッ!?』
【怪物】は、まるで敬畏が入り雑じったかのような口調で、魔王さまに尋ねる。
「裏切るぅ? 勘違いすんな、俺は『後始末』に来ただけだ────五百年もの間、世界に蔓延り、好き勝手やってきた【てめぇら】をな」
瞬間、【怪物】は察した。
たった今、魔王さまが発した言葉に、慈悲の欠片なんぞ微塵にも感じられなかったことを。
『ァ…………ァッ、ァァァァァッ…………慈悲、ヲ……ドウカ、御慈悲、ヲォッ…………赦シテッ、赦シテェェエエェ、ェェェ……ッ』
「────ハッ、駄目だね」
即答。
何の迷いもなく放たれた、決別の言葉。
魔王さまは【怪物】の両端を鷲掴みにして、胴体の中心に足を掛けると、一気に引っ張りあげる。
一切の情け容赦もない攻撃に、【怪物】は成す術はない。
ビンッと張り詰めた長い胴体は軋みを上げ、最後には……。
────ブチブチィィッ!!
『────ギャァァァアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッッ!!?』
紙を裂くように、あまりにもアッサリと。
その胴体は、体液を撒き散らしながら真っ二つに断裂。
痛みに悶えて暴れ狂う【怪物】を、魔王さまは両手で包み込むと、まるで『見えない力』で圧されるように両掌の中で、圧縮、圧縮、圧縮……どんどんと丸く縮小していく。
そして最後には。両の手で合掌。
パァンッと破裂音が辺りに鳴り響くと……【怪物】は、塵となって完全に消滅するのだった。
「まずは一つ。さぁて、今の内に好き勝手やってやがれ【遺物ども】。今からこの世界と、てめぇらの全てを────滅茶苦茶にしていってやっからよ」
燃え盛る火炎の中に立つのは、魔王さまただ一人。
まるで、悪夢を体現するかのような絶望的な光景の中で。
魔王さまは、虚空へと向かって不敵にほくそ笑んで魅せるのだった。
……。
…………。
………………ふっ。
相変わらずだな。
やってくれるじゃないか────魔王さま。
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