3、正義の隠滅行為



 そもそも、警察ギルドの現場判断は部隊を率いるリーダー……即ち、今の状況だとエトムントに一任されている。現場から『上』と連絡を取り合うのは、大抵の場合は、事案が終わった後であることが殆ど。

 つまり、『上』から現場へと通信が入るのは、よっぽどの緊急事態の場合に限られる訳だ。


『────【魔物】が事実を告発した、だと?』


 目の前で燃え盛るカフェテリアを眺めながら、エトムントはテレパシーで飛んでくる相手からの問い掛けに耳を傾けていた。


「はい。『自分等は事件には関与していない』と、涙ながらにそう訴えていました」

『そもそも奴らからは声帯を摘出して、声を出せないようにしてある筈だ。それなのに、これだけ短い期間でどうやって言葉を発せるようになった……?』

「如何されますか?」

『……魔物は、人類の害悪。折角の素体なのに勿体無いが、その定説を歪めるかも知れないような不確定要素は……』


 ギルド本部ではなく、更に『上』からの通達。

 突然の状況に、当初は場慣れしたエトムントでさえも驚いた表情を見せていたが……。



『────生かしておく訳にはいかない』



 彼は、直ぐに『把握』した。

 把握した上で、自身が求められていることを即座に理解し、最終確認を投げ掛ける。


「それでは……」

『今回は特例だ────【あれ】の使用を許可する』

「周囲に多大な影響を及ぼす可能性がありますが」

『どれだけの被害が出ようが構わない、後でこちらで処理しておく。ただし、問題の【魔物】と、その息が掛かった者は、誰一人として逃すな。肉片一つ残さず、余計な訴えもろとも、徹底的に燃やし尽くしてやれ』

「────えぇ、お任せ下さい」


 そう答えるエトムントの表情には、最早人間としての人情は塵一つ残されていなかった。

 『上』の望むがままに。

 徹底的に『不確定要素』を排除する。

 果たして、今、そこに立っている者たちは……警察ギルド、と呼べる存在なのだろうか?







 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー







 今のは最早、運が悪かった……としか言いようがない。

 外から飛び込んできた『火球』に、『モロ』に直撃してしまったのだろう。

 声にもならない甲高い悲鳴が上がり、火だるまになった魔物は床に倒れ伏して……そのまま動かなくなってしまう。

 あまりにも……。

 あまりにも呆気ない最期の姿だった……。


「ひっでぇことしやがる……おいっ。都合が悪くなれば罪もない弱者を焼き殺して永遠に口を塞ぐのが、お前ら警察ギルドのやり方か?」


 燃え盛る火事の中、辛うじて生き残っていたリゼが、こちらの問い掛けに対して苦しそうに咳をしながら怒号を上げた。


「ゲホッ、ゲホッ……そッ、そんな訳があるかッ! 私たちは暴力組織なんかじゃないッ! 制圧する時は、あくまで必要最低限の攻撃を加えるだけで……っ! こんな、こん、な…………魔物相手でも、殺すなんてこと……うぁぁッ!?」


 状況が全く理解出来ないと言いたげのリゼだったが、呆然としてられる余裕すらない。こうしている間にも、外から絶えず『火の球』が飛び込んでくる。

 あいつら……火事を起こすどころか、カフェテリアごと中の人間を跡形もなく消し去るつもりか?

 先程の慎重なやり方とは打って変わって、徹底的な残虐性が露呈したかのようだ。

 どちらにせよ。

 このままでは、一方的に消し炭にされるのを待つのみだ。


「ぐ……ッ! 魔王……ッ! 今は、とにかく外へ……ッ」

「いや? どうやら────逃げ出す必要はないみてぇだぜ?」

「え?」


 燃え盛る炎を押し退けるように、一人の男が現れた。


「エトムント先輩……っ!」


 彼の姿を見た瞬間、リゼは声を上げる。

 ただ、その声色は……嬉しさと戸惑いが入り雑じっているような、何とも複雑そうな感情が見て取れた。

 彼女の目にした先輩とやらの姿は、救世主なのか……。

 もしくは……。







 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー







 警察ギルドに新人として入った時から、先輩にはずっとお世話になってきた。

 ギルドの業務、基礎鍛練から始まり、悪を制し弱者を守るという警察の心構えまで、手取り足取り教えてくれたのはエトムント先輩だ。


「ゲホ……ッ! せ、先輩……っ! 外で一体何が……」


 故に、安心感の方が強かった。

 火事の中でも、身を挺して、助けに来てくれた……と、そう思った。

 しかし。

 私の問い掛けに対して、エトムント先輩は────冷え切った目付きを向けてくる。

 その瞳が、妖しげに赤く光ると……。


「うぁ……ッ!? ぁッッ、つ……ッッ!!」


 突如、私が身に纏っていた制服が発火。

 慌てて発火部分を叩き、地面に擦り付け、辛うじて消火するが……気付けば、私は硬直していた。

 今……。

 明らかに、私のことを意図的に攻撃してきた、と……。


「ハァッ、ハァッ……せん、ぱい……なんで……?」

「運がなかったな、リゼ。この現場に立ち会ってしまった以上────生かしておく訳にはいかない」

「……ッ………………魔物の危険性を、最初に世間へ広めたのは……警察ギルドだったって、そう記憶しています……」

「ん?」

「……私は、警察の仕事に誇りを持っています……だから、疑わなかった……魔物を検挙することは、世間の治安維持に、人々の平穏に繋がるって、そう信じていたから……!」

「……」

「どんな、根拠があったんですか……? どうして、私たちは魔物を恨む必要があるんですか……? 彼らは、本当に害悪なんですか……!?」


 目の前で、涙ながらに訴えてきた魔物の姿が……頭から離れない。

 何が正しくて、何が間違っているのか……分からない。

 半ば助けを求めるような問い掛けに、先輩は呼吸一つすらせずに躊躇なくこう答えた。



「────ギルドの仕事に、『余計な私情』を挟むな」



「……よ、けい……?」

「誇りだの、根拠だの……そんなもの、俺らの業務上において誰も評価したりはしない、何の価値もない雑念だ」

「先輩……ウソ、ですよね……?」

「魔物が悪であろうが善であろうが、真であろうが嘘であろうが、そんなことは『どうでもいい』。『上』が、魔物が悪だと言えば悪だ、真実だと言えば真実だ。俺らは、ただ命じられた仕事をこなせばそれでいいんだ」

「そん、なの…………ぅぅゥゥ……っ」


 崩れる……。

 今まで信じてきたものが、足元から崩れていくかのようだ。

 立っていることもままならず、膝から崩れ落ちると、嗚咽と涙を溢すことしか……出来ることがなかった。

 そんな私のことなど気にも止めず、先輩は魔王の方へと意識を向けた。


「そしてお前が……自称『魔王』か?」

「あん? 仲間内のマウントの取り合いはもういーのか?」

「上からの抹殺命令が出ている。欠片一つ残さず燃やし尽くせ、とな」

「そりゃおかしいねぇ。この通り、燃やせてねぇが?」

「残念だが────俺の視界に入った時点で、既に終わっている」

「……!」


 断言と共に、先輩の瞳が赤く煌めく。

 すると、何の脈絡もなく私と魔王の身体が一気に燃え上がった。


「──ぅあァァッ!?」

「…………」

「ほぅ? 燃やされながらも悲鳴一つ上げないとは、流石に魔王を自称するだけのことはある。もしくは、状況を理解出来ていない馬鹿なだけか?」


 何なんだ、これは……?

 私たちのよく知る魔術……ではない。

 先程、外から放たれた『炎魔術』とは明らかに異質な力……いいや、これはそもそも本当に『火』なのか?

 原理も、仕組みも、力の源も、何も分からない……私たちは一体、『何』に燃やされているんだ?


「そうだ、リゼ。最期に一つ、冥土の土産に教えてやる。以前、魔物によって火災被害に見舞われ、多数の犠牲者が出た村があったな?」

「な……ん……」

「────あれを焼き尽くしたのは、俺だ」

「………………ぇ……?」


 どう、いう……?

 なん、で……?

 なんの、ために……?

 ど、う、して…………せんぱい、が……?


「痛感しただろう、自分の無知と無力を。お前も、あの魔物も、そこの魔王とやらも、余計なことを考えず、世間の流れに従って生きるべきだった。全ては、お前たちが無駄な一歩を踏み出してしまったのが原因だ。自分らの愚行を後悔しながら、全員まとめて心中してしまえ」


 意味不明な自供に対して、疑問が次々と沸き上がってくるが……炎の中で、私の意識は溶けるように薄れていく。

 あぁ……。

 私は、死ぬのか……?

 こんな複雑な心情を抱いたまま……訳も分からない内に、信頼していた人に……殺されるのか……?

 どうして、こんなことに……?

 どう、して……。







 ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー ※ ー








 魔王とリゼを燃やす炎が一気に燃え盛り、二人を完全に呑み込んだ。

 この熱量だ、今頃は皮も肉もドロドロに溶けて、最終的には骨すらも灰と化してしまうことだろう。最早逃れようがない。

 結局のところ『魔王』とやらも、名ばかりの自意識過剰な馬鹿の妄言に過ぎなかったようだ。


「ふんっ、何が魔王だか……笑わせてくれる。思いの外、呆気なかっ……」



「────何故、人間の指が五本あんのか……知ってっか?」


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