2、悪者に指を差す
「────テーブルの上に土足で登るとは一体どういう了見だ? えぇ? 魔王さまよぉ?」
カウンター奥から現れたがたいのいい初老の男性が、怒り心頭といった様子で詰め寄る。
対して、テーブルを布巾で拭きながら、飄々と屁理屈をこねるのは魔王さまだった。
「俺は思うんだよなぁ、マスター。人間ってのぁ、やっちゃいけないことを敢えてやったときの背徳感を求める生き物なんだって」
「おまけに店のカップを意気揚々と割りやがってこの野郎」
「いやそれは俺のせいじゃなくね? あいつが突っ伏した拍子に割れたやつだろ?」
「『そうさせた』のはお前だった筈だろうが」
「だから弁償するって。何処で購入したやつなんだよ?」
「開店のお祝いで友人から譲り受けたカップだ」
「…………すまねぇ……」
少し真顔で硬直した後、流石にどうしようもないと考えたのか、素直に謝罪しながらせっせとテーブルの片付けを続けた。
これが500年の時を経て蘇った、あの『魔王』……なのか?
「…………あの」
「ちょーいと待ってろ。今、掃除中だ」
「…………はぁ」
「んっ、よーしよし。ふっふっふっ、我ながら完璧な出来映えだぜぇ」
楽しそう、そして結構マメだ。
どうしよう、猛烈に調子が狂うんだが……一応私、絶体絶命なんだよね?
別に拘束されている訳でもないし、魔王さまの奢りでランチセットと新しいジュースをご馳走して貰っちゃったし……いや、どういう状況なの、これ?
あまりにも不可解な状況に晒され、魔王の魔王らしからぬ行動を横目で見つめていると、彼女は「待たせたな」と言いながら私の向かい側の席に腰を下ろした。
「さて、本題に入ろうか。お前ら警察ギルドが追ってきた『魔物』ってのは────『あいつ』のことだろ?」
魔王が親指で店の奥の方を指すと、一人の……いいや、『一体』の小柄な人型が歩いてきた。
手入れをしている毛むくじゃらな頭、登頂部には獣の耳がついており、指先からは恐ろしい程に鋭利な鉤爪が伸びている。
俯き気味で表情は見辛いが……この人相は────間違いない。
「手配書の……っ!」
情報は正しかった。
今回、警察ギルドが追跡していた『魔物』は間違いなく、ここに逃げ込んでいたんだ!!
「────【ウォト】ストリング・オルター【デア】」
反射的に意識を集中させ、流れるように『呪文』を呟き、照準を定めるように手を前に突き出しながら────『束縛魔術』を発動した。
私の中を巡る魔力が自然のエネルギーと結びつき、『縄』の形状となって放出。
『縄』は魔物に向かって一直線に飛翔し、その全身に巻き付くと鎖のように硬化して、魔物を束縛。
────捕らえた。
『魔術』で生成した鎖だ。
力自慢の大男や、大型の猛獣でも、一度縛られてしまえば自力で破ることはほぼ不可能。ましてや、こんな小柄な魔物では尚更の筈だが……対して目の前の魔物は、何故か逃げ出す素振りすら見せなかった。
「……」
「おーいおい、いきなりだな。お前ら、こいつをどうするつもりだ?」
「……『魔物』は、人々の生活を脅かす存在。発見次第に拘束して、留置所に連行する手筈になっている」
「はて? 何故そこまでする必要がある?」
「今の話、聞いてなかった? 『魔物』は危険な存在なの! 放っておくと、次は誰が危険な目に遭うか……」
「────お前は、それを見たのか?」
「…………は?」
「お前の言う『魔物』が、一般人に危害を加えるところを見たことあんのか、って聞いてんだよ」
「……なるほど。つい忘れるところだったけど、あんたも自称『魔王』だもんね。同類の『魔物』を庇おうって魂胆? 実際に、今でも世界各地で『魔物』の被害が続出している。それは事実、嘘なんかじゃないから」
魔物に襲われて怪我人が出た、魔物が畑を荒らしたせいで作物が駄目になった……なんて話は、もはや序の口だ。
森林が火の海になったり、一個の町が壊滅させられたり、勇者の記念碑が破壊されたり……魔物の愚行は留まることを知らない。
そのせいで、警察ギルドには毎日ひっきりなしに通報と相談が寄せられているのが現状だ。
しかし。
それを聞いた上でも、魔王は顔色一つ変えない。
「はッ、世界の被害だの、お前の信条だの、んなことはどーでもいい」
「どうでもいいって……!」
「──質問の答えになってねぇって言ってんだよ」
「……っ!?」
私の言葉を遮ってこちらへと小さな手を向けると、人差し指と親指で何かを摘まむような動作を見せた。
直後、何か強い力で、首を絞められているような痛みが走る。
「ぐ……ッ!? ごッ、ほ……ッ!?」
「これで三度目だ。いいか、次が最後のチャンスだと思え。もし、一言でも話を逸らしやがったら……分かるよなぁ?」
「……ッハァッ……げほっ、げほっ!」
解放、された……?
あの手は私の首に触れてもいないし……『魔力』の気配も微塵にも感じられないし……魔物の放つ魔術とも違う。
何だ……?
さっきから、一体何なんだ……?
私は、この『魔王さま』とやらに、何をされたんだ……?
─ ※ ─ ※ ─ ※ ─ ※ ─ ※ ─ ※ ─
『サクディミオン』。
現在この世界では、近年増加傾向にある『魔物』の存在が問題になっている。
人型や獣型など、それぞれの特徴を持ちつつも、人間でも、動物でもない、異形の姿をした怪物。彼らは人間を上回る腕力を持ち、中には魔術に長けた個体もいる。
そして何より、まるで理性が無いかのように狂暴かつ獰猛。
一度遭遇すれば、命の保証はない。
世界の治安維持部隊である警察ギルドからも……魔物と遭遇した際には、決して立ち向かおうなどとは考えずに身の安全を第一に確保すること、そして即座にギルドへと通報することを推奨している。
それほどまでに、人々は魔物の存在を強く警戒し、恐れているらしい。
だからこそ。
俺は当然の疑問を抱いた。
そして、被害者である人々へと至極当たり前の質問を投げ掛けてみたのだ。
────どんな魔物に襲われたのか?
────その魔物はどんな姿をしていたのか?
────実際に、魔物のことを見たのか?
別に深い意味の込められた質問ではない。
単なる情報収集であり、興味本位だ。
というか、被害者が居るならば、加害者の詳細を知りたいと思うのは当然の流れだろう。
すると、彼らは口々に答えた。
栄えた都市でも、街道の真ん中にある町でも、辺境の村でも……男も、女も、若者も、老人も、挙げ句には警察ギルドも……。
皆が皆、『全く同じ答え』を返してきたのだ。
「────見てない」
予想通り。
この警察ギルドのリゼも、同じだった。
被害を受けた者、通報を受けて追跡する警察ギルド、彼らは誰一人として『魔物が害を及ぼした瞬間』を目撃していない。
それなのに彼らはさも当然のように、こぞって『魔物のせいだ!!』と告発する。
だが、彼らは知らないのだ。
その告発を受けて、肝心の『当事者』がどう思っているかなんて。
「────ミてない、ヤった、イったのか……?」
「……?」
『魔物』が、ワナワナと身体を震わせながら……我慢できない、と言いたげに声を漏らした。
「おマエたち、みんな、イう……! 魔物、ヤった……! 魔物、ワルい……! ツカまえろ……! タオせ……! コロせ……! いつも、いつもいつも、ワタシたち、ワルモノする……ッ!!」
「……!」
「────『知らない』……ッ! ナニも、ヤってない……ッ!! みんな、シンじない……ッッ!! 本当……ッッ!! 嘘、イってないッッ!! ワタシたち、嘘イってないッッッ!!!!」
枯れたような痛々しい声を張り上げて。
ボロボロと、大粒の涙を溢しながら。
魔物は、悲痛な心情を、警察ギルドへと痛烈に訴え掛けた。
「はぁッ、はァッ……けほっ、けほっ」
「言えたじゃねぇか。よく頑張ったな」
「ゥ……ふぐッ…………ゥゥゥッ……」
声を殺して泣きじゃくる魔物のフサフサな頭を撫でてやると、彼女を拘束していた『魔術の鎖』が、音を立てて崩れ落ちる。
気付けば、訴えを受けたリゼの方が顔を真っ青にして立ち尽くしていた。
「…………なんなの、これ……? 一体何の、ちゃ、茶番なの……?」
「こいつ、この歳までロクな教育すらさせて貰っていなかったみてぇでな。ほんの数日前まで、『言葉すら喋れなかった』んだぜ?」
「なに……?」
「だから、俺が『言葉の使い方』を教えてやった。そんで、こいつはその言葉を使って、自分の言葉で、自分の心境を吐き出した。茶番なんかじゃねぇよ」
「────ふざけないでッ!! これじゃあまるで私たちがッ!! まるで、私たち、が……………………よってたかって、『魔物を悪者に仕立て上げた』みたいじゃない……ッ」
一瞬だけ反抗的な目付きを見せるが……直ぐに、力なく項垂れていく。
彼女自身、事態の違和感に気付いたようだ。
彼女にとっては、少々衝撃的な気付きだったみたいだが。
「確かに、お前らは『何者か』からの襲撃に遭った被害者なのかもしれねぇ。だけどそん時にお前らは、何も疑念を持たなかった。何かに促されるままに、犯人を魔物だと決めつけて、全ての責任をこいつらに押し付けたんだよ」
「……ち、がう…………私たちは、し、知らなくて……」
「世の中には、『無知は罪である』って言葉があってな? 全容を理解しようともしなかった奴らが、その場の感情を、ただ『異形な姿形をした』ってだけの無関係者へと一方的にぶつけている……果たしてそいつらは、可哀想な被害者だと言えんのかねぇ?」
「そ、れ……は…………」
「もしくは、ただただ都合の良いように促されているだけの哀れな傀儡、とも言えるか? だが、問題はそこじゃねぇ────こいつらを魔物として、お前らを傀儡として、意図的に陥れた『奴ら』が居る、ってことだ」
「──ッ!!」
その瞬間を、見逃さなかった。
リゼは一度大きく目を見開いてから、まるで何も悟らせないように微かに視線を逸らしたのだ。
確信を抱くには、充分過ぎる反応だった。
俺は机に肘を付いて前のめりになると、彼女の鼓膜に響かせるように、ゆっくりと、ハッキリと、こう尋ねる。
「なぁ。お前ら警察ギルドは、『そいつら』の正体に勘付いているんじゃ────」
「────【エズゥ】」
「──ッ!?」
その詰問は、最後まで続かなかった。
突如、ガシャァァッッ!!と、目の前の窓ガラスが木っ端微塵に砕け散ったかと思ったら────巨大な『火球』が飛び込んでくる。
それは店内に着弾すると、目映い光線を放ちながら勢いよく弾け飛び、気付けば……。
────一瞬の内に、カフェテリアは炎の海に呑み込まれるのだった。
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