第26話:クロフォード神官の童心②



 「――うーん、やっぱりあんまり長い時間は難しいかなぁ」

 「そうですねえ。いったん解いて、またかけ直すのが一番安全ですね」

 片手のボードに固定した紙には、自分でまとめた内容がずらりと並んでいる。吟味する伊織に、今日もそばでふわふわしている沙夜が真面目に相づちを打ってくれる。ここ数日かけてやった実験に、ずっと付き合ってくれた彼女がそう言うなら、信憑性は高いだろう。

 「じゃあ一応効果はあったし、使い方は要検討、ってことで。今のところ新しい患者さんはでてないけど、またいつ流行り出すかわからないしね」

 「はい!」

 相方がにっこりして頷いたのを確認して、伊織は取り出したペンで余白に『保留』と書き入れる。もちろんボールペンとかではなく、世界観にしっくり来る羽根ペンというやつだ。ペン先に魔法が掛かっており、いちいちインク瓶に漬けなくても書けるのがありがたかった。 

 それにしても、だ。

 「クレアさんにやったのが他の人にも効いて、ホント良かったよね……一回こっきりだったらどうしようかと思ったもん」

 「ええ、ホントに……相手の人も、心配されてるご家族の方も、がっかりさせなくて済みましたもんね」

 こればかりはやってみなければ分からなかったから、今さらだが安堵をかみしめてしまう。しみじみとつぶやき合った二人は、どちらからともなく盛大なため息をついた。




 ――大学の近所にある神社から、そこの御祭神の沙夜ともども異世界に転移して、早いもので半月ほどが経過した。

 最初の一日はとにかく怒濤の展開の連続で、きっとそれ以降も大変なんだろうなぁとぼんやり思ったものだ。高校のテスト直前は徹夜が当たり前だったが、あんな感じで眠れないほど忙しいのだろうと。

 が、しかし。

 (意外と余裕というか、他のことする時間がちゃんとあるというか……おかげで助かったわ、うん)

 神殿の中心、大聖堂から続く中二階の外回廊を歩きながら、こっそりそんなことを考える。――それが誰の心配りであるのかは、考えなくてもよーく分かっていた。

 原因不明の『紅の呪い』にかかった人々は、施療院の最奥にある集中治療室で眠っていた。生きているのか心配になるほど深く眠る彼女らは、確かにあの日クレアがそうだったように、唇が目にも鮮やかな真紅に染まっていて。自分たちで治せるのか、一瞬不安になったのを良く覚えている。


 ――大丈夫、私達もついていますから。どうぞ思うようになさってみて下さい


 (って、声かけてくれたんだよね。リアムさん)

 それで余計な力がすこん、と抜けた。最初の時のように、沙夜の『おしろい』をパフに含ませてぽんぽんと叩くと、やはりクレアと同じように甲高い悲鳴が上がって呪いが吸着され――後には、あの花びらみたいな薄いものが残っていたのである。

 「リアムさん達、あれは呪いの残りかすみたいなものだって言ってたよね。形のない術なのに、ああやってモノとして残るんだ?」

 「場合に寄りけり、ですね。ほら、丑の刻参りってあるでしょう? あれは藁人形っていう『身代わり』に術をかけて呪うものだから、後にちゃんと証拠が残りますよね。だけど、そういうモノを使わなければ、かけてきた相手の特定が難しくなるんです」


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