第25話:クロフォード神官の童心①
春先とはいえ、王都は日中でも肌寒く感じる。エクセリオンは国土全体が大陸の北方寄りに位置していて、気候的に亜寒帯に属するためだ。
それでも四月も二週目に入り、晴れの日がしばらく続けば、過ごしやすいなと感じることが増えてくる。ちょうど今日、しばらくぶりに外出を許された自分が、そう思っているように。
(羽織りものが要らないくらいじゃないかしら。長袖なのだし)
この季節でなくても、日中用のドレスは大抵そういう仕様だ。傍らを歩む侍女に目顔で訊ねてみると、うなずいてさっとストールを引き取ってくれた。仕事が素早くて助かる。いつものことだが、今の自分にとっては特に。
(……、お母様のお加減は、相変わらず思わしくない。テオさんとお師匠様に相談してみたかったのだけれど)
だから時間を捻出したというのに、目的の相手――いつも世話になっていた、リアムの弟子に会えなかった。多忙ゆえに席を外している、ということだったが、本当だろうかと疑心暗鬼に駆られてしまう。
(だって、彼らは今の大神殿で少数派だから。目先の欲にとらわれず、あんなふうに真摯に祈りを捧げられる神官が、今のこの国にどれだけいるのでしょう)
この一年間、テオは師匠をずうっと心配していて。本人は上手に隠しているけれど、見ているこちらは申し訳ない思いでいっぱいだった。だって、よりにもよって赴任させられた場所が場所なのだ。
出所も解く方法もわからない呪いが流行っている、その最前線のような都市に飛ばされるだなんて、どうやっても中央から体よく追い出した図にか見えない。今のところ男性がかかったケースは報告されていないが、あわよくば……という意図が全くない、とは言い切れなかった。
十年前、あんなことが起こらなければ。いいや、そもそも自分が、もっとしっかりしていれば――考えても詮無いことと分かっていても、暗い気持ちが胸を塞ぐ。
(エルチェスターはもう、ずいぶん暖かくなったのでしょうね……あの方にとって、権力争いから離れていられることだけは救いなのかもしれない。それに、あの子もいる)
幼い頃に面倒を見てもらった子どもたちの一人だという彼女は、自分にとっても大切な友人だ。少々勝ち気で素直でなくて、びっくりするほど口が悪いが(そして本人も自覚しているが)、大切な誰かのためなら全力を出すことを厭わない。どんな状況でも、ためらわずに手を差し伸べられる。そういう真っすぐで裏表のない気質は、さすがは彼の弟子だなぁと思う。
極秘で頼んでいる不定期の伝令は、今のところ何も言ってこない。つまり、急を要する事態は発生していないのだ。便りの無いのは良い便り、という言葉を信じるしかない。
「――姫様、そろそろ参りませんと。陛下がお待ちです」
「ええ。ありがとう」
傍らで控える侍女がそっと促してきたのを潮に、物思いを振り払う。目的地、謁見の間までの道のりはまだ長いのだ、気を張らなくては。
背筋を伸ばし、再び堂々と歩み始める。その肩にこぼれる淡い色の髪が、決意を示すかのように一瞬だけ輝いた。
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