第24話:辺境の魔王、かく語りき⑨


 (かばわれた。わたしのせいでケガをさせた)

 身体の芯から震えが起こる。ひどい耳鳴りがする。どこかで、誰かが叫んでいる。

 《―――っ! ――――い!!》


 しゃ―――――――ん!!! 


 遠くに引きずられかけた意識を、澄んだ高い音が引き戻した。はっとして瞬きした瞳に、杖を振るって燐モスを弾き飛ばした大神官が映る。いったん離れて伊織をかくまう体勢で背を向けたとき、外套の真ん中がすっかり炭化しているのが分かった。かなりひどい火傷になっているはずだ、なんて無茶を。

 「……『常春の神世に坐す 麗しき天の花嫁よ あめつちを照らす微笑を以て 我らに光の盾を与えよ』!!」

 唱え切ると同時、地に突き刺す勢いで杖を叩き落とす。リアムを中心にして魔方陣が展開し、外縁から透明な壁が伸びあがった。上に行くほどに弧を描き、互いにつながって、ほどなく巨大なドーム状の結界が完成する。未だもって群れたままの燐モスと、燃え上がりつつある火の手を全て囲むという、相当な規模のものだ。

 「おい、背中は大丈夫か!? まったくなんて無茶を」

 「はは、不覚を取りました……痛いですが、こうして自力で動けますので、まだ」

 「痛い時点でダメなんだってば!! 絶対真皮まで焦げてるでしょ、もう!!」

 「この結界、どのくらい持ちますかね……ふもとで待機してる連中、めいっぱい急いでも四半刻はかかりますよ」

 「出来る限り引き延ばそう。もし途切れたら風向きを変えて、火の回りを遅くするよう努める。

 イオリ殿、恐ろしい思いをさせて申し訳な――、あれっ?」

 安否を気遣われつつ、深刻な会話を無理やり切り上げて、振り返ったリアムの声がひっくり返る。その拍子に火傷が引きつれたように痛んだが、正直それどころではなかった。

 何故なら、先ほどの燐モスの突進で怯えているとばかり思っていた暫定聖女が、ずんずんと擬態語が付きそうな足取りで突き進んでいたからだ。よりにもよって結界の方に向かって!

 「沙夜ちゃん! あいつら一撃必殺で仕留めたいんだけど、おしろい使っていい!? ていうかどのくらい出せる!?」

 「もちろん良いです! 量に制限はありませんから、いっぱい出ろ! って念じてみてください!!」

 「よっしゃ! リアムさん、痛いだろうけどもうちょっとだけガマンして!! あと結界の補強よろしくっ」

 「えっ、いやあの、ちょっと待って……!?」


 ぶわあああああああっ――!!


 外からなら入れる、という性質は把握済みだ。結界に突っ込んだ伊織の片手、しっかり掴んだおしろいの容器から、ものすごい勢いで狼煙――いや、粒子の細かなおしろいが噴き出した。中はほぼ無風のはずなのに、淀んだり溜まったりせずきれいに拡散して、ドーム状の空間を白く満たしていく。

 そして。


 ――ずがああああああああんッ!!!!


 地響きすら伴うすさまじい爆発が起こった。とっさに障壁を強めたリアムの腕に、術を通して強烈な爆圧がかかる。中からぴゃーっ、と、甲高い鳴き声の連鎖が聞こえた気がした。

 「「「………………」」」

 「――あー、ごほん。イライザよ、あれはもしかせんでも粉塵爆発、というやつか?」

 『そうなります。本来は鉱山や、粉引きを行う風車の内部などで起こる現象ですが……白粉も有機物、可燃性の粉末ですね。盲点でした。素晴らしい』

 「そこは感心せんでいい」

 何がどうツボだったのか、心なしか翠緑の瞳を輝かせて絶賛する秘書兼護衛にそっとツッコミを入れておく。物騒なことを学習しないでほしい。

 可燃性の粉末が一定以上の密度で存在する空間に、火種を入れると爆発的な燃焼が起こる……というものだ。が、それを自分以外に――若い頃さんざんやらかしたせいで『辺境の魔王』などというあだ名をつけられた己以外に、独力で引き起こす者がいるとは思わなかった。しかもやらかしたのは、そんな恐ろしい知識とは無縁に見える可憐な乙女である。一体何者だ、あのお嬢さんは。

 末恐ろしいものを見た、とつくづく思いながら視線を移動させる。相変わらず火傷が痛むのか、己の杖に身体を預けるようにしているリアムは、ぽかんと口を開けたままだ。そりゃそうじゃろうなぁと、こっそり同情したとき、

 「――よしっ、全部気絶してます! 今なら捕獲し放題ですよっ」

 「やったあ、沙夜ちゃんお手柄!! リアムさーん、この子たち生け捕りに出来るー!? 大量発生の仕組みとか、調べられたら役に立つかもー!!」

 「え? あ、はいはい、すぐに……全く、私はともかく騎士隊とご領主の立場が――」

 (……おやおや。これはまた)

 やり切った! と言わんばかりの輝く笑顔で呼びつけられて、こっそりぼやきながら寄って行く大神官。でもその横顔が、どこか甘やかに緩んでいる。

 ほんの微かなものながら、心配してきた若者の筆頭格が報われそうな予感を覚えて、辺境の領主はひっそり目を細めた。

 

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