第22話:辺境の魔王、かく語りき⑦
「うわあ!?」
「あっ、伯爵!? 何やってんのそんなとこで!!」
「何、とはご挨拶じゃな。先んじて様子を見に行ってやったというのに、相変わらず口が減らんのぅ」
土の中から話しかけられたかと思ったら、もっと上が発信源だった。跳び退いてから気付いて、あわてて見上げた先に、いつの間にかひょっこり現れていた人影がある。
こんな明るい森の中にはふさわしくない、黒いシルクハットに黒いマント。下はタキシードでこそないが、さっき会った補佐官たちに似たきちんとした服装だ。大男と言っていいほど背が高くて体格もよく、土壁の比較的低いところを選んでひょい、と降りてきた仕草や、きびきび歩いてくる様子も元気いっぱい。唯一年齢を感じるのは、ややしゃがれた声音と口調くらいだ。
「ご領主、ご無沙汰しております。ご無事なようで何より」
「うむ、しばらくぶりだったな、リアム。しかしそう『ご』を連発するでない、かたっ苦しいぞ」
「今は神殿の代表として動いておりますので、どうぞご勘弁ください。――お二方、こちらがハインリヒ・フォン・シュライデン伯爵。エルチェスターを含む辺境領を統治しておられる方です」
「ああもう、堅いのはナシだと言うておろうが。お嬢さん方、ハインツで良いぞ? どうぞよしなに」
「あ、はい、はじめまして……えっと、伊織です。こっちが沙夜ちゃん」
「ええと、よろしくお願いいたします……なんだか、思ってたのと全然違いますねぇ……」
うん、ホントそれ。神名を名乗るのも忘れてささやいてきた女神様に、心の中で力いっぱい頷く伊織である。
半日ほど行方不明だったとは思えないくらい元気でほっとしたが、何ていうかこう……少なくとも想像していたご領主は、古き良き海外ドラマに出てきそうな渋い男前で、帽子を軽く傾けるオシャレな挨拶をする人、ではなかったのだ。こっちの世界には格好いい人と綺麗な人しかいないのか。
少々遠い目をしてぼんやりしていたら、ふと煙のにおいがした。近くで焚火でも熾しているのか。でも、山仕事をする人たちはガの大群を発見して、朝一番で降りていったはずだ。
「――そういやおやっさん、いつも一緒のイライザ嬢は? あと、その外套どうしたんです? あちこち焦げてるみたいっすけど」
「おお、そうじゃった! おい小娘、今すぐお主の騎士隊と、うちの者らに声掛けして人員をかき集めろ。早ければ早いほど良い」
「小娘言うな!! 色モス対策ならちゃんとしてきたっての、もうっ」
「たわけ、ありゃあ別もんじゃ! もたもたしとったら色モスなんぞ比べ物にならん被害が出るぞ!!」
「はあ!?」
真っ先に言及してくれたギルバートのおかげで、大事なことを思い出した領主が矢継ぎ早に言ってくる。そんなやり取りをするうちにも煙の臭いがどんどん濃くなって、辺りの景色がうっすらと霞み始めた。
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