第21話:辺境の魔王、かく語りき⑥



 街に面した、北の王都に向かう大街道。それと並行して、何本かの細い道が山間を通っている。

 これらはいわゆる私道というやつで、地元では薬草や木の実の採集に使うのが主だが、逸れずにたどっていけばちゃんと山を越えられるルートが作られている。狩人や杣人、そして領地の警備を担うレンジャー部隊には重宝されているそうだ。

 「今歩いているのもそのうちのひとつ、ですね。ここは傾斜がなだらかで道幅も広いので、表街道が混む時期は荷馬車なども通っていきます」

 「へえ……元々こういう地形だったんでしょうか」

 「いえ、人馬が通るうちに沈下していったようです。地盤はしっかりしているし、広葉樹の根が土を掴んでいるから、山崩れの心配は少ないんだが」

 「土そのものが柔らかいのよ。だから石畳を敷いてるけど、それでもがんがんへこんでいくから、適宜メンテナンスが必要なんですって」

 師弟コンビのわかりやすい解説にふんふん、と頷いて、伊織は改めて辺りを見渡した。

 今まさに通っているのは、左右に土の壁がそびえる一本道だ。横半分にしたトンネルか、スケートボードの大会で使う演技台みたいな形、といえば分かりやすいだろう。たしかイギリスかどこか、とにかく現世の外国に、こういう場所があるのを画像で見たっけ。

 ――あのあと大急ぎで支度を整えた伊織たちが、邸を抜け出したという領主を探しに出発して、おおよそ数十分後のことである。

 幸いよく晴れていて、木漏れ日と吹きゆく風が爽やかだ。行方不明になった人を捜索しているのでなければ、そのへんに陣取ってピクニックでもしたいお日和である。

 「ラズモア山とトレイル山の間らへん? で問題が起こってるから、何とかしてほしいって通報があったんでしょ。その両方につながる道がここなわけだけど……

 ところで二人とも、虫って平気?」

 突然深刻な口調で訊いてきたアンジェラ、妙に強張った顔つきをしている。というか、はっきりと顔色が悪い。気にはなるが、ひとまず質問に答えることにする。

 「はい、うちが田舎だったから大丈夫です。沙夜ちゃんは?」

 「私も平気です。お蚕さんのお世話は良くしてましたし」

 「あ、そうなんだ。あの辺も養蚕やってたんだねー」

 「はい、楽しかったですよ! 手のひらくらいの大きさになると、もう見てて気持ちいいくらいクワを食べてくれるんです。朝から晩までご飯を運ぶから大忙しで――」

 「あ゛ああ、いいから! 場面が浮かぶような詳細情報はいいから!! オッケー分かった大丈夫ッ」

 嬉しそうに生前の思い出を語り出した沙夜を、文字通り顔面蒼白と化した隊長さんが必死で止めた。見れば首筋から頬にかけて、うっすらと鳥肌まで立っている。これはもしかしなくても、と目をやったところ、こちらも付いてきてくれているギルバートがのほほんと口を開いた。

 「通報された案件ってのが、山でいろモスが大量発生してる、ってヤツでして。女神様が言われたカイコガそっくりでほんのり色がついてて、大きさは……うーん、ちょっとした枕かクッションくらいありますかねぇ」

 「でっかい!?」

 「だあああっ言うなっつってるでしょギルー!! 毎年毎年対応に駆り出されるこっちの身にもなんなさいよっっ」

 「いでででででで! すんません、職業病でつい!」

 すかさず全力で左右の耳を引っ張られて、わりと切羽詰まった悲鳴を上げつつもどこか楽しそうな補佐の人だ。そんな光景をのんびり見守っていると、先導していたリアムも同じことを思ったのか、やや苦笑交じりで会話に混ざってきた。

 「あの成虫は大きすぎて、あんまり飛ぶのが得意じゃないから、近づきすぎなければ大丈夫だよ。毒もないし、むしろふわふわしていてぬいぐるみみたい、って可愛がる人もいるくらいだしね。……ただ、増えすぎると山ひとつ丸坊主になったりもするから、なかなか共存が難しいところだ」

 「山ひとつっ!?」

 「ああ、それで通報されちゃったんですね……」

 「そーなんすよねえ。木こりのおやっさんたちが血相変えて陳情に来たっていうんで、わりとヤバい状態なんじゃないかなー、と」

 「だから現場の惨状を予感させること言わない!! もーっ、なんで単独で突撃しちゃうのよ、あのおっさんはぁ!!」

 聞けば聞くほど心配になる事前情報に、やっぱり虫が苦手だったアンジェラが天を仰いで叫んでいた。気持ちはよーくわかるのだが、仮にもご領主をそんなふうに呼んでいいんだろうか。まあ、よっぽど近くにいなければ聞こえるわけ――

 「――おっさんで悪かったのぅ。まあじじいと言わんかったのは褒めてやろうか」

 ない、と思った伊織の、すぐ横手。頭上にせり出している、壁のようになった森の地面から、だし抜けにそんな声がした。


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