第20話:辺境の魔王、かく語りき⑤


 「――すみません、クロフォード殿はどちらに!? 大至急確認したいことがっ」

 「ちょ、ちょっとお待ちください! あまり騒がれますと、入院されている患者さんに障りが出ます!!」

 「わかっとります、毎度お騒がせして申し訳ない!! ですがこっちもわりと一刻を争うんですっっ」

 結構な声量で言い合いながら、内容が聞き取れるくらいの距離までやって来たのがわかった。誰からともなく窓辺に寄って行って、そうっとのぞき込む。

 中庭は散策できるようにレンガ敷きの小径が作ってあって、半分が花壇、そして半分が薬草園になっている。どちらもきちんと手入れされていて、緑と花々が美しい風景のど真ん中で、わいわいやっているのは五、六人程度の一団だった。

 大体半分が白基調の服装をした神官らしき人たちで、あと半分は服装からして外部の人だ。それぞれ膝くらいまである、丈の長いジャケットのような上着を羽織っていて、何となく身分のありそうな人たちに見える。具体的には貴族とか、それに仕える侍従とか。

 「……あの人たち、領主の執務補佐官だわ。報告書を持っていった時に顔見たことがある」

 「やっぱり偉い人なんだ。リアムさんに用事みたいだけど、なんかあったのかな?」

 「あ゛~、それはねぇ、たぶん……って、もう出てきたわ。ちっ」

 「なんで舌打ち!?」

 しかめっ面で痛烈な舌打ちをしたアンジェラのいう通り、外の騒ぎを聞きつけたリアムが足早に出ていくのが見えた。たどり着くより先にあちらの方が発見し、わっとばかりに走り寄ってくる。あまりの勢いに一瞬、びくっとしたように感じたのは気のせいだろうか。

 「ああっよかった、すぐ見つかって!」

 「クロフォード殿、お助け下さい、なにとぞ!!」

 「……ええと、大体予想がつきますが、一応お訊ねいたしましょうか。今日はどうなさいました?」

 「予想がつくほどご面倒をおかけして本ッ当に申し訳ない! 例によって例のごとく、うちの閣下がやらかしました!! 

 つい今朝方、市民から受けた通報を又聞きされたらしく、目を離したスキに執務室がもぬけの殻に……!!」

 「ああ、やっぱり……」

 口々に訴える補佐官たちに、こちらに半ば背を向けたリアムの肩ががっくり、と下がった。分かりやすく脱力している。しかもこの分だと、わりとしょっちゅう同じことが繰り返されているらしい。

 「えーっと、ご領主? って、エルチェスターを含めたこの辺一帯を治めてる人? わりとお若いのかな、聞いた感じだと」

 「若くはないっすねえ、来年で六十歳になられるそうですし。立派な跡取り息子さんもおられますよ」

 「まさかのアラ還!? えっ、フットワーク軽ッ!!」

 「わあ、お元気ですねえ。リアムさんともお知り合いなんですね」

 「元気すぎて年寄り扱いすんな、って怒るタイプの人よ、どっちかっていうと。うちの先生とは十年くらい前から付き合いがあって、こっちに赴任してからもちょくちょくやり取りしてるわ。……大半はあんな感じの相談から入るんだけど」

 先生の仕事増やさないでほしいわよ全く、と、ジト目でぶつぶつ言っているお弟子さんである。なるほど、舌打ちの理由はそれか。

 そういうことなら、人手は多い方がいい。窓枠の下に屈んだ体勢から、よいしょっとばかりに足を伸ばして立ち上がると、伊織は思い切って窓の外へ呼びかけた。こんな大きな声は久しぶりに出すな、そういえば。

 「リアムさーん、わたしたちお手伝いしますよー! こっちは大体すんだので!!」

 「私、結構遠くまで飛べますから、頑張ります! 領主さんの背格好を教えてくださーい」

 「~~~~っ、あーもうっ! しょーがないわね!! 暫定聖女とその守護神が手ぇ貸すなら、騎士隊が出ないわけにいかないしッ」

 「はいはい。動ける奴らに声かけて来るっすね」

 大変快く申し出てくれる沙夜と、ものすごく渋い顔をしつつも承諾したアンジェラ、およびさっそく手配にかかるギルバートの声が続く。何だ何だと見上げる補佐官一同の向かい側で、リアムが目を丸くしてから、とてもうれしそうに笑ったのが見えた。

 「――イオリ殿、皆もありがとう! 助かります!!」

 今日の日差しのように柔らかい表情と、同じくらい優しい声がやっぱり綺麗で。伊織が少し、ほんのちょっとだけときめいてしまったのは、ここだけの話だ。


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