第17話:辺境の魔王、かく語りき②



 「――まあまあ! 神官様、それに聖女様に守り神様も! 本当にありがとうございました!!」

 「何とお礼を申上げればいいか……どれほど感謝しても足りません。娘を助けて下さって、本当に……」

 「いえっとんでもない! あの、これ良かったら使ってくださいっ」

 ドアを開けて中に入るなり、ほとんど飛びつく勢いで出迎えてくれたご夫婦に思い切りビビる伊織だ。感極まった旦那さんの方が、目の前で涙ぐんだものだからなおさらである。念のためにと持っていたハンカチを渡したところ、これまた五体投地せんばかりに感謝されてしまった。少しで良いから落ち着いてほしい。

 「いいえ、とんでもない。私もこのお二人に助けていただいたひとりですから。これも神様のお導きでしょう」

 伊織がペースを乱されっぱなしの一方、全くもって落ち着いているのがリアムだ。つい先程街中で聞いたような、堂々とした鷹揚な口調で場を収めていた。良く通って響く声も相まって、大変格好良かったのは言うまでもない。




 ギルバートが預かった伝言に従って、神殿の敷地内にある施療院へとやってきた伊織達である。

 本殿の裏手、薬草を育てているという中庭を挟んだ向こうにある建物は、装飾控えめのシンプルな外観だ。しかし規模は決して貧相ではなく、三階建ての各階の長い廊下に沿って並ぶ個室という、現世の病院のような機能的な施設が出迎えてくれた。

 ここでは長期の療養を必要とする怪我や病気の他、解除するのに特別な手順を踏む呪術の浄化も請け負っている。見た目と機能は入院病棟、一部陰陽師か祓い屋、といったところだ。

 くだんの女性は、ここの二階の角部屋に入っているとのことで。意識を取り戻したと聞いて大急ぎでやって来たら、同じく娘を看ていたご両親に出くわしたのだ。なんだか見覚えのあるお二人だな、と思ったら、さっき街で山ほどお礼を言われたご夫婦だった。

 「ううっ、ぐすっ……お、お見苦しいところをお見せして、申し訳ございません。

 私はラトゥール商会の主、セルジオと申します。こちらは妻のアンネット」

 「申し遅れまして、大変失礼をいたしました。娘は……クレアは、遅くに授かった一人娘でして。正真正銘、わたくしどもの宝ですわ!」

 「……あの、お父様。お母様も、二人して言いすぎ……」

 「何言ってるの、事実でしょう! すみません、うちの子ったら恥ずかしがり屋で」

 「い、いえいえ。全然問題ないです、はい」

 盛り上がるご両親の後ろから、控えめすぎる声を上げたのは、もちろん娘さんであるクレアだ。まだ立ち上がることは無理なようで、ベッドに半身を起こした状態だが、先ほど街で会ったときより断然顔色が良くなっていた。明らかに快方に向かっているのが見て取れて、ほっとした伊織が話しかける。

 「ええと、クレアさんていうんですね。だいぶ元気になったみたいで良かった」

 「あっ……! あの、先ほどはありがとうございました。聖女様とは知らず大変な失礼を……!」

 「い、いやあ、本人も知らなかったくらいなので。気にしないで下さい、ねっ沙夜ちゃん」

 「え、ええ! 呪いは退いたけど、リアムさんが言うには大分体力が落ちてるそうなので、しばらくは無理しないでゆっくりしてくださいね! ……それでその、大丈夫そうなら、いくつかお聞きしたいことがあるんですけど。かかった心当たりとか」

 またもや謝罪からの多大なる感謝が始まりかけたので、出来るだけやんわりとさえぎって沙夜にバトンタッチする。神様から話しかけられたら、さすがに要件を後回しにして謝り倒すようにはならないはずだ。

 「心当たり……は、今すぐには。ここしばらく、ずっと自宅で寝付いているような状態だったので……」

 「ええもう、そうなんですよ! 二週間ばかり前、主人の仕事に同行してから、ずっと具合が悪くって!!」

 難しい顔をしつつ思い出そうとしてくれているそばから、再びアンネット夫人が口を挟んだ。どうもこの方、なかなかに世話焼きの気があるようだ。


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