第12話:聖女(仮)が街にやって来た④


 といっても、どこから訂正したもんか。目の前で可視化した呪いが暴発するという、どこかの少年マンガみたいな光景を目撃した今となっては、もはや異世界トリップは確定だ。が、こちらの人々にそういう知識や概念があるとは限らない。

 まさか、いきなり錯乱を疑われて病院(あるのかどうか知らないが)送りにはならないだろうが、こうしてわざわざ顔を出してくれるようなお兄さんだ。明らかに良い人っぽいこの神官殿に、余計な心配を掛けたくなかった。

 「……と、とりあえず座りましょう。立ち話もなんですし……」

 「おお、ありがとうございます」

 あれこれ悩んだ末、ひとまず一番無難な声かけをするに留まった伊織である。相手が素直に受け取ってくれたのでほっとして、自分も向かい側に腰を下ろす。

 先程連れて来られた、エルチェスターの街の中心部にある神殿は、ごく一般的な市民からするとお城にしか見えない規模の建築物だった。元いた世界で一番似ているのは、やはりヨーロッパにある古い教会だろう。案内される中でちらっと見た大聖堂は、正面に巨大な薔薇窓があって、色とりどりのステンドグラスが大変美しかった。沙夜も興味津々だったので、後でゆっくり見てみたいところだ。

 神殿はその聖堂を中心に、三階建ての建物が左右に展開している。今いるのは向かって左側、最上階中央寄りの一室だ。調度品や壁紙が、何となく上品で質のいい感じがするので、普段は外部から来た人に使ってもらうための場所なのだろう。

 「さて、改めまして……イオリ殿にミズハヒメ、とお呼びしてよろしいかな? 言葉の並びからして、ヒメは尊称かと思うのですが」

 「はい、間違いありません。沙夜ちゃんもいいよね」

 「もちろんです。リアムさん、私たちの言葉の発音がお上手ですねぇ」

 「そう言っていただけてほっといたしました。それで早速なのだが、ミズハヒメにお聞きしたいことが。

 貴女の属性、といいますか、神として得意な分野というのは、やはり解呪や傷病治癒になるのでしょうか」

 「……、はい? えっ、と」

 和やかな前置きを挟んでの質問に、よく意味が分からなかったらしき沙夜が目をぱちぱちさせている。美人さんはこういう仕草も可愛くていいなぁ、とこっそり思いつつ、こちらは訊かれたことを把握できた伊織が助け舟を出した。

 「つまり、何でさっきの呪いを解けたのか、ってことですね。今まで何をしても解決できなかったって、街で言われてたし」

 「そうなのです、お恥ずかしい話だが……この街の神殿は近隣でも歴史が深く、歴代領主の援助もあって薬種の栽培も盛んです。それらを用いる治療、ことに解毒や呪いの解除といったものには、自信のある神官が多かったのですが」

 にもかかわらず、被害に遭った人々を回復させられなかったということで、本職の神官たちはすっかり消沈していたのだとか。それはそれで気の毒な話だ。

 「ですから、その現状を覆したミズハヒメには、何かしら特別な神威がおありなのでは、と」

 「なるほど……でも私、特別な属性は持ってませんよ? 元々は普通の人でしたし、神様としてもまだまだ新米ですし」

 「えっ、そうなのですか!?」

 「そうなんです、故郷の地鎮のために人柱に立ちまして。それが今からだいたい四百年くらい前、だったかなぁ」

 「じゃあ、さっきのおしろいは? 自分で作ったって言ってたよね」

 「はい。祀られてすぐの頃、経緯を知っている地元の人たちが気を遣ってくれて。私くらいの年頃の子が喜びそうなものを、出来る範囲で神社に納めて下さったんです」

 うら若いお嬢さんがいらっしゃるのだからと、明るい色柄の着物や簪などの小物類、お化粧に使う白粉や紅といったものが、神前に集まることとなった。沙夜も女の子だから、そういったものは好きだったし、何よりも人々の温かい心遣いが嬉しかったのだそうだ。そうしたら、

 「いつの頃からか、こういうものを自分で作れるようになってました。うちの神社は小さいですけど、地元ではずっと大切にされてたから、たま~におかしなものに憑かれて困った方が頼って来て下さるんです。そういうときにこっそり寄っていってぱたぱたーっ、てすると、わりとよく効いてくれて」

 「……待って。今のところ、もっかい言って?」

 「え? ええっと、ぱたぱたーってするとわりとよく効いて」

 「それだー!! 効いてるじゃん、ばっちり悪霊退散してるじゃん沙夜ちゃん!!」

 「…………、はっ!? ホントだ!!」

 勢いよくツッコミがてら指摘されて、ようやく気付いた本人、いや本神が驚愕の声を上げた。むしろ何で今まで気づかなかったのか。


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