第11話:聖女(仮)が街にやって来た③


 「さ、沙夜ちゃん、音は聞こえないんじゃ……」

 「さっき神官さんが出した結界と同じです。外側からする音は、私たちにも聞こえるようになってるんですよ」

 こっそり言い交しつつ、また見知らぬ神殿関係者かと身構えた二人だったが、その予想は半分だけ当たっていた。一方通行だという結界の外から、ノック同様に控えめな声がかかる。

 「――お休みのところを失礼いたします。少々、聞いていただきたいことがあるのですが」

 (あっ、この声!)

 聞き覚えがある、むしろ忘れるわけもない。つい先ほどまで晒されていた、ぎりぎりの状況で耳にしていたのだから。

 沙夜の方も同じだったようで、すぐに結界を解いてくれた。すぐさま飛んでいってドアを開け、そこに思った通りの人物がいるのを見て、くたびれていた伊織の表情が明るくなる。

 「やっぱり神官さんだ! さっきぶりですね、お疲れさまです」

 「え、ええ、どうも。……その、申し訳ない。手ずから扉を開けてもらうなんて」

 なにやら驚いた風情でつぶやきながら、開けてもらった戸口をくぐって入ってきたのは、先ほど街中で出会った神官の青年だった。白基調の装束はそのままだが、室内だからか帽子は取っている。

 それでも十分に上背があって、伊織より頭ふたつほど長身なのがわかった。全体的に穏やかな雰囲気のおかげか、威圧感は全くない。

 そんな相手は勧められるまま、部屋の半ばまで歩いてくると、ソファには座らずその場で一礼した。丁寧で品のある所作につれて、伊織のドレスと同じ素材らしき神官装束がさら、と微かな音を立てる。

 「先程は助けていただいておきながら、お礼どころか名乗りすらしておりませんでした。重ね重ね申し訳ない。

 エルチェスター神殿で大神官を勤めております、リアム・クロフォードと申します」

 「あ、ご丁寧にどうも。桜庭さくらば伊織です、こっちは」

 「沙夜です。神としての名前は瑞葉媛みずはひめ、といいます」

 「「よろしくお願いします!」」

 ちゃんと仁義を切ってくれた相手に答えて、今さらだが自己紹介とともに頭を下げる。こういう基本的なことこそ、異常事態に巻き込まれたときは大切なのである。たぶん。少なくとも、神官改めリアムはちょっと目を丸くしたが、すぐににこっと笑ってくれたし。

 「こちらこそ、どうぞよしなに。――神官一同、そして街の皆も喜ぶことでしょう。自ら呪いの渦中に飛び込んで見事鎮めてみせた、勇敢で心優しい聖女の降臨に立ち会えたのですから」

 ……さり気なくものすごい事を聞いてしまい、立ち直りつつあった伊織のメンタルが再び恐慌状態に逆戻りしたのは言うまでもない。そうだった、まだ誤解は解けてないんだった!


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