第10話:聖女(仮)が街にやって来た②


 「――では聖女様、守り神様、どうぞごゆっくりお寛ぎください。私どもは隣室で控えておりますので、ご用命の際は何なりとお申し付けくださいませ」

 「は、はい。何から何まです、いえ、ありがとうございます!」

 謙虚すぎる日本人の性でつい『すみません』と言いそうになって、あわてて訂正する。幸い不自然に聞こえなかったようで、ここまで案内してくれた相手――白と空色のシスター風衣装をまとった女性は、穏やかな笑みをさらに深くして一礼すると、静かに退出していった。ぱたんと、隣室のドアが閉まる微かな音がして、

 「沙夜ちゃん! 防音!」

 「はい!! えいっ」

 ひそひそ声で合図した伊織に応えて、女神様が景気よく両手を打ち鳴らした。神社でお参りするときにやる、いわゆる柏手だ。

 乾いた音が鳴り響くと同時に、きぃんと軽い耳鳴りのような感覚があって、部屋の中に半球形の結界が出来る。室内の音が外に漏れないようにする、防音のための障壁だった。

 「これでおしゃべりしても大丈夫です。お疲れさまでした、伊織さん」

 「はあああああああ……もう一生分疲れた~~~~」

 ほっとした風情で労ってくれる沙夜に、一気に脱力してその辺のソファに倒れ込みながら呻く当事者である。ふっかふかのクッションに顔を埋めると、今までの出来事が嫌でも思い起こされてきた。





 ――とにかく情報を集めようとやって来たエルチェスターの街で、巷を騒がせている呪いが発動する瞬間に居合わせてしまった伊織たちである。運よく近くにいた高位の神官と沙夜の機転によって、さらに大事になる前に鎮めることが出来たのだが、話はそこで終わらなかった。

 「何でわたしが聖女ってことになってんのー……あれはほぼほぼ沙夜ちゃんのおしろいのおかげじゃんかぁ」

 「そんなことないですよ。私、これを作ることは出来ても、直接他の人に使うことは出来ないみたいなんです。だからちゃんと伊織さんが偉いです、お手柄でしたね!」

 「えええ……? そ、そうなのかなぁ……」

 怒涛の展開にへこむ伊織を励まそうと、明るく声掛けしてくれる沙夜は本当に良い子だと思う。が、今まで主に日陰にいたというか、他人から注目されることに全く慣れていない身にとって、いきなり祭り上げられて丁重にもてなされるなんて心臓に悪すぎた。

 (この街の人たちが、解けない呪いに困り果ててたのはよーくわかるんだけど……人の評判と場の雰囲気って怖い……!!)

 あの後、通りの向こうから駆け寄ってきた五十代くらいのご夫婦にめちゃくちゃ感謝され。呪いに侵されていた女性のご両親だというお二人と、その場で一部始終を目撃していた街の人々が、誰言うともなく『紅の呪いを解くために聖女と守り神がやって来た!』と言い始め。そこへやって来た街の警備を担当しているという派遣騎士隊と、これまた駆けつけた神殿の皆さんまで、何故かそれをすんなり受け入れてしまったのだ。

 当然のことながら、伊織はちゃんと物申した。沙夜は正真正銘女神様だが、自分はさっき知り合ったばかりの一般市民だ! と。にもかかわらず至極丁寧に神殿まで連行され、客間なのかやたらと広々とした綺麗な部屋に通されて、さらには純白に金糸で刺繍を施したドレスまで着せられる始末だ。身動きのたびにさらさら、と涼やかな音がするあたり、これ絶対正絹に違いないぞ!

 「絹なんて七五三の時の着物以来だよ!? どう動けばいいの、そんで座ればいいの!! いやもうさっきダイブしちゃったんだけどさぁ!!」

 「だ、大丈夫です、絹って軽くて薄いけど丈夫ですから! ちょっとやそっとじゃ破れたりしません、普通にしててオッケーですっ」

 「それが出来れば苦労しないわー!!!」

 

 ――こんこん。

 

 「「あっ」」

 明後日の方向に行きかけたやり取りに、控えめなノックが割り込んだのは、ちょうどその時だった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る