第9話:聖女(仮)が街にやって来た①


 その日、隊舎は朝から騒々しかった。

 「リンドグレーン分隊長! 負傷者の搬送、終わりました!」

 「お疲れ様。街の被害はどうなってる? 隊の皆は?」

 「はっ、メインストリート周辺の露店、およびその商品に少々。ですが、近々に起こった類似案件に比べれば格段に軽微で、午後には市を再開できる見通しとのことです! 隊員たちは全員無傷です!!」

 「そう、ならよかった。各自、一段落ついたら休憩するように伝えてちょうだい。貴方もね」

 「はい!! ありがとうございます!!」

 直々のねぎらいを受けて、ぱっと顔を輝かせた伝令が元気良く退出していく。その足音が遠ざかって完全に消えたところで、

 「……はああああああ」

 がっくりうなだれた上役の口から、肺が空っぽになるかと思うほどのため息がこぼれる。そのまま執務机に突っ伏して脱力した。ひんやりした上板の感触が気持ちいい。

 「あーもう、街も皆も大したことなくて良かったー……原因も対処法も不明な呪いが流行ってるとこに新人部隊放り込むとか、何考えてんのよ王都の奴らは……!!」

 ぼやきの後半は完全に八つ当たりだったが、こうでもしなければやっていられない。エルチェスターは国内でも随一の商都で、某伯爵が治める領都でもあるのだ。中央から派遣される駐留騎士団はただでさえ挙動に気を遣わねばならないのに、そこへ持ってきて気味の悪い呪術が流行るなんて勘弁してほしい。

 だがしかし、ここでへこたれるわけにはいかない。今自分が転けたら、慕ってついてきてくれる部下達に申し訳が立たない。推薦してくれた先達への義理もある。そして何より心配なのは――

 「ただ今戻りましたー……って、大丈夫っすか? アンジェラさん」

 「ぎりぎりだけど平気よ……ついでに、勤務時間中はちゃんと階級で呼びなさい。ギル」

 「はは、すいません。誰もいなかったんでつい」

 軽いノックと共に現れた、こちらも王都から出向している補佐は、いつもの調子で頭をかいて見せた。やれば出来るやつだと思っているし、実際能力は決して低くないのだが、この緊張感のなさだけはどうにかならないものか。実家が商家だからか愛想はいいし、相手の懐に入り込む話術はやたらと巧みだが。

 「被害者と呪いの『核』になった女性は、全員神殿の施療院に入りました。偶然ですけど、近場に大神官さんがいて対処してくれたんで、重篤な症状を訴えてるひとはいないみたいっすよ」

 「やだ、先生ったらまた街に出てたの? ただでさえ忙しいのに?」

 「そうみたいですね。前々から相談を受けてた、どっかの大店のお嬢さんが『核』になったらしくて」

 「ああ~~~……もう、そうやってどんどん自分で案件背負い込んでいくんだから……」

 「まあまあ。で、もうひとつ聞き込んできたことがあるんですけど」

 「え、まだあるの?」

 「はい。対応してくれた神官さん曰く、当代の聖女様が現れたんですって。大神官さんを助けて呪いを祓って下さったとかで、今は神殿中、いや街中がその噂で持ち切りらしいっすよ~」

 「…………、はあ!?!」

 それこそ面白いうわさ話をシェアするような、いたって明るく楽しげな調子で。とんでもないことを言いやがった部下に、アンジェラの返事がひっくり返った。

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