第7話:異世界は新米女神と共に⑦


 へたり込んだ伊織に合わせて、わざわざ屈んでくれているのはひとりの男性だった。歳はおそらく二十代の後半で、短くまとめた鳶色の髪に黄褐色の瞳、すっきりと整った穏やかそうな顔立ちをしている。よく読むファンタジー系の小説に出てきそうな、白を基調とした裾の長い衣服をまとっており、十字架にいくつか線を足したような装飾のある、随分と柄の長い杖を持っていた。

 そして話しかけてくる、優しげでよく通る声に覚えがあるな、と思ったら、先ほど進行方向から聞こえたあの声音だ。声質の良い人は容姿も良いのか。いや、首とかあごの骨格で決まるらしいから、姿かたちもある程度は影響すると思うが。

 「……君、大丈夫かい? 立てそうにないなら手を貸そうか?」

 「、えっ? あっはい、大丈夫です! 全然立てます!!」

 ぼんやり考えていたら、反応が薄いのを具合が悪いせいだと思われたようだ。心配そうな顔をした相手に、さっきよりもさらに優しい口調で気遣われてしまい、大急ぎで返事して立ち上がる。いかんいかん。

 改めて見渡した大通りは思ったとおり、いや、想像以上に惨憺たる有り様だった。異変を察知した通行人は大半が避難できたようだが、やはり何割かが吸い込んだらしく石畳の地面に倒れ伏しているし、逃げる人波にひっくり返されたと思しき売り物や露店の台が転がっている。どこかで小さい子供の泣く声がする。そのすべてに覆いかぶさる紅い霧が、未だにくだんの女性の口から噴き出し続けていた。

 伊織に続いて立ち上がった男性が、同じ光景を眺めてふと瞑目した――と思ったら、手にしていた杖で石畳を打つ。途端にしゃーん、と、先ほど聞いた澄んだ音が鳴り響いて、同時に漂っていた紅い霧がぱっとかき消えた。驚いて見渡すと、一気にクリアになった風景の向こう側に透明な壁が見える。自分たちを中心に、この場を囲む大きな半球状のものが一つ。そして霧を吐いている女性だけを覆って、こちらから隔離している小さいものが一つだ。

 「これで一先ずはよし、と……さて、服装から察するに旅のお方かな。恐ろしい思いをさせて申し訳なかったね」

 「い、いえ、ちょっと驚いたけど大したことは。ええっと、これは一体」

 「うん、まだわかっていないことの方が多いんだが……あのご令嬢、口元が真っ赤に染まっているだろう? ああいった外見の女性が瘴気をまき散らす、という事件が、ここのところ国内で発生しているんだよ」

 「「えっ」」

 説明に思わず出た声が、相手には視えていない沙夜とハモる。慌てて視線を戻したところ、いったん霧が綺麗に消えたおかげで女性の顔が良く見えた。ぼんやり開いたままになっている口元は、まるで薔薇のようにはっきりとした真紅だった。

 (色が変わってる! さっきは紫寄りのピンクだったのに……!!)

 寄り添う女神様に目を向けると、しっかりと頷きが返ってきた。覚え間違いではないのを確かめている間にも、親切な男性の説明は続いている。

 「呪いの類だと考えられてはいる。しかし、何がどうなってかかるのかがわからなくてね……核になっているらしき紅はどうやっても落ちないし、あの霧状の気体を撒き始めたら、我々には浄化して眠らせることしか出来ない。情けない話だ」

 最後の方は本当に悔しそうな表情で、口調にも無念がにじんでいた。呪いや瘴気、つまりマイナスに偏った魔力などのことだが、そういったものの浄化なら神官の専門分野のはずだ、無理もない。真面目に職務に励んでいるのがうかがえるだけに気の毒だった。

 (部外者なのは分かってるけど……助けてもらったんだし、何かできないかな? 呪われた人の看病とか)

 自分だって異世界転移が確定しつつあるので、それどころじゃないはずなのだが。現に困っている人を見ると、ついついそう思ってしまう伊織である。と、

 「――……、あっ! 伊織さん、多分だけどありますよ!! 呪いを解く方法っ」

 そっと寄り添って見守ってくれていた沙夜が、ぱあっと表情を輝かせて言い出したのは、まさにその時だった。


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