第6話:異世界は新米女神と共に⑥



 ぶわああああああ!!!


 「うわっ、なにこれ気持ち……ぶえっ」

 「吸っちゃダメ!! 離れるまで息を止めて下さい!!」

 本当にすぐ近くから、空気が勢いよく噴き出すような音がする。それに合わせて、目の前に漂っている赤いものが、どんどんその色を濃くしていくのがわかった。

 霧に見えなくもないそれを、ほんの少しだけ吸い込んでしまったら、何ともいえない臭いが鼻を刺して気分が悪くなる。危うくその場にうずくまりかけたのを、必死な沙夜に引っ張られてどうにか避難することができた。

 しかし、周りはそう上手いこといかなかった。通りすがりに巻き込まれた人々の悲鳴と、怯えた子どもの泣き声が飛び交い、とっさに走り出したもの、足元が狂ったりぶつかり合ったりして転ぶもの。そうやって逃げ遅れて霧状の何かを吸い込んだ人たちが、倒れたままのどや胸を押さえて苦しそうに呻いているのが、辛うじて見えた。

 「何なの、これ!」

 「わかりません! イヤな気配がしたと思ったら、急に噴き出してきたんです! あの人から!」

 「あの人って、……げっ、さっきの」

 相方が示した先を見て、思わず呻く。謎の気体が色濃く漂う真っただ中、ゆらりと佇んでいるのは、つい先ほどぶつかった女性だった。

 ただ、様子が尋常ではない。さっきは穏やかそうだった瞳が、まなじりが裂けるのではないかと思うほど見開かれているし、それでいて顔つきに表情というものがまるでない。誰かが糸で操っているようなおぼつかない仕草で、ふらふらしながら立ち尽くしている。何よりも異様なのは、ぼんやりと開いた口元から、ひっきりなしに霧状のモノを吐き出し続けているということだった。

 「だ、大丈夫かな、あれ!?」

 「大丈夫じゃないです、生身の人がこんな濃い瘴気に取り巻かれたら命にかかわりますっ」

 「じゃあ早く助けなきゃ!!」

 「それもダメです! 今の私じゃ、伊織さん一人を守るのが精いっぱいで――って、来た!!」

 言い合っている目の前で、ひと際濃い霧がぼはあっ、と吐き出された。それは拡散せず帯状になって、こちら目掛けて勢いよく殺到してくる。まずい。

 (これもしかしなくてもやばいやつだー!!)


 ――しゃ――――――ん……


 しがみ付いてきた沙夜共々、とっさに目を瞑った時だ。澄んだ音が高らかに鳴り響いたかと思うと、澱んでいた空気がふっと軽くなる。

 駆け寄ってくる足音がして、すぐ目の前で立ち止まった気配がする。恐る恐る顔を上げると、

 「――怪我はないかね? お嬢さん」

 片膝をついた体勢で訊ねてくるその人と、真正面から目が合った。


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