第5話:異世界は新米女神と共に⑤
そんなことを思いつつ、再びこっそり話しかけようと沙夜の方を見上げて――直後、向かい側から歩いてきた人と思いっ切りぶつかった。
「わっ! ――ふぎゃっ」
「きゃあっ、大丈夫ですか!?」
「な、なんとか~……」
完全に不意打ちだった上、慣れない石畳の道だったせいで足元が狂った。見事にその場に尻もちをついて、衝撃でつぶれたカエルみたいな声が出てしまう。うう、恥ずかしい。
けっこうな人通りがある表通りだ、すぐにでも起き上がらなければ後から来る人に迷惑がかかる。心配する沙夜に答えながら、痛みも引かない内に立ち上がろうとしたところで、ようやく気が付いた。さっきぶつかった相手が目の前でうずくまっているではないか。
「うわっごめんなさい、大丈夫!? 全然見てなくて……あの、足くじいたりしてませんか!?」
「……え、ええ。平気よ、こちらこそごめんなさいね」
大急ぎで確認したところ、座り込んでいた相手はすぐに返事をしてくれた。何故か夢からさめたような顔をして、しきりに瞬きをしているのは、おそらく伊織より二、三歳ほど年上と思われる女性である。ゆるく波打つ栗色の髪に、同じ色合いで大きめの瞳が優しげだ。若草色に小さな花を散らした柄のワンピースが良く似合う、何となく良家のお嬢さんを思わせる上品な人だった。そこまではまあ、いいのだが、
「……ええと、もしかして気分悪い? 顔真っ青ですよ、お姉さん」
「え? ……そういえば、少しふらふらする、かしら」
恐る恐る指摘してみる。それを受けてたった今気づいた、といった様子で手を当てた女性の頬には、血の気が全くなかった。元々色白だからだろう、鮮やかなローズピンクの口紅が良く似合うのだが、今は色が冴えすぎて怖いくらいに青ざめている。
とにかく、こんな道端で座り込んだままなのは絶対に良くない。すぐにでもどこか、静かに休めるところへ連れて行ってあげなくては。
そう判断して肩を貸し、よいしょっと立ち上がったところで、何やら周囲が騒がしいのに気づいた。具体的には今いる通りの反対側、ちょうどぶつかった相手が歩いてきた方向から、複数の言い争うような声がしている。
「――あの子はどこなんですか!? 早く見つけて下さいまし!!」
「お、おい、少しは落ち着かないか。往来だぞ」
「これが落ち着いていられますか!! うちの大切な娘がいなくなったんですよ、あなたこそちょっとはうろたえたらどうなんですかっっ」
「いや、そう言われてもだな……」
「とにかく! 神官様、貴方が頼りなんですから!! 何とかしてくださいなッ」
(お、おう、無茶振り……)
人波の向こうで姿は見えないが、耳に突き刺さるキンキン声でまくし立てているのが聞こえる。内容的にパニックになっても仕方なさそうではあるが、何ていうかこう、もっと言い方がないだろうか。ちょっと言われた方に同情していると、
「もちろんですとも、必ず見つけて差し上げます。――ですが、お二人が取り乱しておられては、ご令嬢も出て行きづらいでしょう。どうか私を信じて、この場を任せていただけませんか」
「え、……ま、まあ、申し訳ありません。わたくしったら」
(……わあ)
思わずほうけてしまうくらい、よく通る男声が堂々と応えた。若々しくも落ち着いていて頼もしい声音だ。こんな穏やかで温かな調子で請け合ってもらえたら、心配事の大半はどうにかなる気がすることだろう。現にキンキン声の主も、打って変わってしおらしくなっている。
神官ということは、元の世界で言うところの神父さんとかお坊さん、的な立場だろうか。どうにか姿が見えないかなぁと、気持ち背伸びをしてみたりしたときだった。
「――危ない!!」
切羽詰まった沙夜の声と同時に、自分の視界が真っ赤に染まったのは。
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