第3話:異世界は新米女神と共に③




 さて、それからしばしののち。

 「ええと、あの、すみませんでした……私の姿が視える人、ずうっと会ったことがなかったから、嬉しくて……」

 「い、いえいえ。とんでもないです、はい」

 どうにか落ち着いてくれた和風ファンタジーな美人さんに、平身低頭で謝られている伊織がいた。ついでに立ち話は申し訳ないからと、相手が即席で作ってくれた草の絨毯にちょこん、と向かい合って座っている状態だ。種類はさっぱり分からないが、ふっかふかの丸い葉っぱが大変快適である。

 そう、『作ってくれた』。このお嬢さん、目の前で無造作に草を生やしてのけたのだ。何故そんな便利なことが出来たか、というと――

 「私は瑞葉媛みずはひめ、といいます。生前は沙夜さやと名乗っていました。四百年ほど前、瑞葉山の災害を鎮めるための人身御供に捧げられた者です」

 「瑞葉……って、さっきの神社に祀られてた女神様? あそこは遥拝所で、農道をまっすぐ行った奥に山があるんだっけ」

 「はい。あの辺りは水が豊富で、そのせいか地盤が緩くて……しょっちゅう地滑りやがけ崩れが起こって、皆困っていたんです」

 立て続く災害を恐れた村人たちは、話し合いで生贄を捧げることに決めた。そこで選ばれたのが巫女の血筋であり、当時数えで十七歳の沙夜だったのだという。

 ……他にどうしようもなかったのだろうが、自分と同じ年頃の少女が人柱になったというのは非常にしんどい。無意識に深刻な表情をしていたようで、向かい側の沙夜こと瑞葉媛がおろおろし出した。ほっそりした手を前に出して、ぱたぱた左右に振りながら、

 「あ、で、でもですね! ちゃーんと効果はあって、それから一回も被害は出てないんです! よそで不作があったときも戦争のときも、食べ物にだけは困ったことなくて、それだけはちょっぴり自慢なんですよっ」

 「うん、そっかあ……がんばって神様してるんだ、えらいね……!」

 「きゃー!! ななな泣いちゃダメですっっ」

 あまりにも健気すぎる自己申告に、うっかり涙目になった伊織が余計焦らせる、なんて一幕もあったが。うう、ええ子や。

 「――えー、では今後とも仲良くさせてもらうということで。名前はどっちで呼んだらいい?」

 「ではその、せっかくなので、生前の方で」

 「うん。沙夜さん?」

 「あ、あの、もしよかったらお友達を呼ぶときみたいな感じで……!」

 「おっけー、そんじゃ沙夜ちゃん。いいかな?」

 「! はいっ」

 神様としては結構フランクな申し出に、一応確認も兼ねて呼んでみると、ぱあっと明るい笑顔が返ってきた。かわいいなぁと和みつつ、仲良くなったところで気になっていたことを訊いてみる。

 「で、ここってどこなの?」

 「それが……わからないんです。私の神域じゃないのは確かなんですけど……」

 しょんぼりと肩を落とした沙夜のことばに、改めて周りを見渡す。相変わらず鬱蒼とした深い森のさなか、空はよく晴れているが、背の高い広葉樹が立ち並んでいるせいかあまり明るく感じなかった。どう頑張っても見覚えのない景色だ。

 (……うーん、これってもしやアレ? いわゆる異世界トリップってやつ)

 好きで読んでいた小説の中で、わりと多数を占めていたジャンルである。まさか我が身に降りかかるとは思っていなかったし、そんな奇跡に巻き込まれる素質もありそうにない。あり得るとすれば沙夜の方だろう、呼ばれたのって。

 まあいっか、と、一つ息をついてその場に立ち上がる。考えてもわからないなら、行動あるのみだ。

 「沙夜ちゃん、今って何時くらいかわかる?」

 「ええと……多分、夜が明けてからそんなに経っていない、と思います。季節も元々いたところと、あまり変わらない感じがしますね」

 「じゃあとりあえず森から出て、一番近い人里に行ってみよう。ここがどんなところなのか、出来るだけ情報を集めたいし」

 「はい! あの、これからよろしくお願いしますっ」

 「うん。こっちこそよろしくね」

 当初とはだいぶ予定が変わってしまったが、これも新たな生活の始まりには違いない。元気よく返事をしてくれた沙夜に、こちらも明るく笑い返して、伊織は記念すべき第一歩を踏み出したのである。



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