第104話 秘密の議定書(プロトコール)(その3)
昭和14年9月某日 長岡市 長岡中学校(旧制)応接室
「うっ、ゲホッゲホ」小野塚喜平次氏が飴最中の皮でむせた。
「ほら、慌てて食べるから、相変わらずだな」
堀口九萬一氏は笑っていった。
田中菊松大佐は小林順一郎氏に
「堀口先輩と小野塚先輩はどういう関係?」
「長岡中学の同期だよ」
「そうなんですか?」
堀口九萬一氏は答えた
「ああ、コイツは
私(
「クソガキからクソジジイですか……」と小声で田中大佐にヒソヒソ声で話した
「おいおい……天下の大先生に向かって」と田中大佐は答える
「猪俣津南雄博士、すこしいいかな?」
「小野塚喜平次先輩、小野塚先生に『博士』と言われることは大変光栄です」
「君はすばらしい学者だ。わが中学の誇りだ。『敗戦革命論』か。とんでもない話だが、まもなく我が国に訪れるのは敗戦だ。その時に備えるというのは必要かもしれぬ。今の憲法を変える時はかならず来る」
小原直内務大臣は、恐る恐る口を開いた
「現在の東京帝国大学法学部の教授陣はすべて先生のお弟子だといっても過言ではありません。『学の独立』の精神は美濃部達吉先生も、宮澤俊義先生も仰るところです。宮澤先生に気鋭の助手の佐藤功君がいるでしょう、彼はなかなか有望じゃないですか」
(現行憲法制定の主導者となったのは佐藤功教授でした)
「そうだな、彼は有望だ。きっと新しい憲法を制定する一員になるであろう。小原君もそう思うだろ」
「はい、そう思います」
「政治学は南原繁君や丸山眞男君がいる。戦争が終われば帝大はまた光を取り戻せるだろう。きっと」
同級生の堀口九萬一氏は言った
「なんだ、死に損ないのジジイみたいなことを言いやがって」
小林順一郎氏は
「まあ、まあそこの二人、しかし『新憲法』を作るには、まあ小原直大臣は生きて居れば、いいかもしれないが、肝心の総理大臣はどうするのか?」
堀口九萬一氏は
「ここに有田八郎君や小原君の共通の友人がいるでしょう。だいたいアメリカに負けたらアメリカと十分交渉が出来る人間が首相にならないければいけない。だから軍人でなくて外交官だ」
有田八郎元外相は答えた
「では吉田茂君ですか?」
堀口氏は答える
「そうだ。英語が堪能だし、斎藤博君が生きておったら、彼だろうけど本当に惜しいことをした」
私(本間花音は思った)
この人達のヨタ話で、それも仲間内の人間で、戦後の日本の道筋を決めたのかぁぁぁ……っ!
※堀口九萬一氏は元外交官。フランス文学者の堀口大学の父である。数年前、メキシコ議会から、メキシコでクーデターが起こった際に大統領夫人家族を日本領事館で保護し、その功績で顕彰のパネルが設置された。クーデター軍が日本領事館にきた時に仁王立ちで防いだことに、クーデター側もサムライ外交官として感銘を受けたという
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