第102話 秘密の議定書(プロトコール)(その1)

 昭和14年9月某日 長岡市 長岡中学校(旧制)応接室


 猪俣津南雄博士の呼びかけで集まった面々は錚錚たる面々であった


 連合艦隊司令長官 山本五十六

 巡洋艦阿武隈艦長 田中菊松(山本長官随行)

 陸軍駐蒙軍高級(政治)参謀 大橋熊雄

 元東京帝国大学総長 小野塚喜平次

 内務大臣 小原直

 元外務大臣 有田八郎(堀口九萬一氏と同席)

 元外交官(右翼団体明倫会理事)堀口九萬一

 右翼団体瑞穂倶楽部常務理事 小林順一郎

 日本石油社長 橋本圭三郎

 日本石油社員 長岡藩第十六代当主 牧野忠永子爵

 元早稲田大学講師 猪俣津南雄


 ここに私たち瞽女ごぜの一行も同席する。石崎タツは聴覚で警備し、奥山佑おくやまたすく少尉は周りの様子をうかがう。山本長官の随行の書記が1人


 宝剣乃亜ほうけんのあは、お茶くみ役

 私(本間花音ほんまかのん)は声をかけられたときに、話すということでそれまでは何も言わない、ということであった。

 宝剣は山本五十六長官が好きな「飴最中あめもなか」をつまみ食いしている


 この会は有田八郎外務大臣、牧野子爵を除き、すべて長岡中学の同窓である。



 議長は小林順一郎氏が務めて進行した。


 猪俣津南雄博士は、ソビエトのコミンテルンの指令を解説した。その工作は着々と進み、我が国は破滅に向かって突き進んでいることを述べた。

 ここで中国と停戦をしても、アメリカ内部でのソビエトの工作が着実に進んでおり、日米航海条約もまもなく失効を迎えることを話した。日支停戦を実現しても、ドイツのポーランド侵攻により第二次世界大戦が始まり、アメリカとの戦争の回避は相当な困難が伴うとの説明した。


 小林氏は山本五十六長官に尋ねた

「日米開戦回避の見込みはいかがか」


「米内光政をふくめ全力で回避にあたっている」

 と山本長官は答えた


「しかし長官、もしアメリカと開戦になったら、いかがか」


「必ず負ける。アメリカも総力戦となったらインディアンのように日本人は絶滅させようとするはずだ」


 堀口九萬一氏も答えた

「それは歴史が示すところ。山本君の意見は正しいだろう」


 小林順一郎氏は山本長官に尋ねた

「われわれ長岡の祖先、河井継之助かわいつぎのすけ公は、戦に赴く時、負けると分かっていて、長岡藩が負けた後のことを三島奥二郎、小林虎三郎の二人に託した。それがこの学校(長岡中学校)である。ここにお集まりの皆さんは、『日本が負けた時どうするか』の相談をするために集まってもらったものだ」


 山本五十六長官は笑いながら答えた

「ほほう、では連合艦隊司令長官の私はさしずめ『河井継之助公』か。それではとことん暴れてみせよう。あの時、河井公が並々ならぬいくさを薩摩長州に対してしたおかげで、戊辰の役の後に、彼らは我々を甘く見るようなことがなかった。我が国日本は一筋縄でいかない相手であることを、アメリカに見せつける。最終特殊兵器でも使わないと勝てない相手だとな」


小林氏は山本長官に聞き直す

「なにを企んでおる?」


 山本長官は

「石頭の海軍の上層部は、宣戦布告をしたらアメリカの艦隊がノコノコと出てきて、それを叩くなんていう話をしている。工業力の違いからドンドンとアメリカは軍艦を作って攻め込んでくるだろう。我々にそれに対抗する力はない。一発ぶちかますのだ。人を殺さずに」


「人を殺さず?そんなことが出来るものか」と大橋熊雄大佐は言う


「アメリカ人はクリスマスや日曜日に、教会に礼拝ミサに行く。軍艦を港に停泊させて、水兵が教会のミサに行っていてカラになった軍艦を叩くのだ。アメリカはカラの軍艦が叩かれて、日本の連中は『いったい何を考えておるのか』と、きっと疑問を抱くはず。最初は猛烈に怒るかもしれない。しかし彼らのトップは頭がいい連中だ。日本はアメリカに対して何かのメッセージを持っているように見せる。その間、我々は全力で戦争をする。コイツら日本は並々ならない、将来は仲間にした方が良い相手だと思うように仕向けるのだ。日本人はインディアンの様に簡単に支配できない相手だと分からせる。叩けば噛みつかれる番犬、狂犬に思わせてやる。それが私の狙いだ」


 大橋大佐は言う

「相変わらずの大ばくちだな」


「まあそうだろうな」山本長官は大笑いした



 私(本間花音)は驚いた。戦後日本は、この山本五十六長官の言ったとおり、にそのとおりになっているのだ。

 山本五十六、おそるべし……


「そういう大橋(熊雄)大佐はどうかね」


「さきほどの話だと、ソ連は日本が負けそうなドサクサにソ連が攻め込んで来る計画だろうという話だ。私のいる駐蒙軍ちゅうもうぐんに言い、極秘の引継ぎ事項にしておく。ソ連軍は絶対に攻めてくる。兵力を維持し何が何であっても戦えと。そして日本人居留民を守るのだ」


(※実際にそうなっています)


 小林順一郎氏は尋ねた

「君の居る内蒙古はそれでいいだろう。満州はどうするのだ?居留民は大勢いるぞ」


 大橋大佐は答えた

「関東軍の内部にはソ連のスパイがいるはず。いや、きっといる。ソ連が南下の兆候を見せた段階で兵を南下させる。それを内部のスパイが指示をするだろう。関東軍は誰がスパイで、誰が味方かわからない。私がこの話をしたら危険だ。きっといろんな魔の手が及ぶだろう」


 小林氏はうなずく

「さすが特務将校だ」


「東条英機は関東軍の参謀だった。その手下はたくさん今でもいる。ヤツも疑ってかかった方がいい。そして一緒にいる辻政信だ。あの下っ端の参謀が上官を操る様子には裏がある」


「それはなんだね?」


「桜会に居たとき、巨額の資金を得ていて、辻政信はその出所、それを使った者を知っているんだろう。とんでもない汚職・疑獄が明るみになって陸軍幹部連中が吹っ飛ぶ。その弱みを盾に上級参謀を操っている。本当に汚い男だ。そしてもう一つ辻政信には……」


「なんだね」


「帝国陸軍将校を丸腰で敵陣に突っ込ませて全滅させる死神だ。彼はきっとスパイだ。日本の兵力を減らす役割を担っている。そうでなければ、ただの馬鹿参謀のどちらかだ。オレは前者だと思う」


 小林順一郎氏は答えた

「いや、辻はただのバカだろう、実力がないくせに人の弱みにつけ込んで出世しただけの男だわ。はっはっは……」

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