第100話 佐渡金山の街

 昭和14年9月中旬 佐渡郡相川町 料亭「吾妻」



 小林順一郎こばやしじゅんいちろう氏は猪俣津南雄いのまたつなお博士に聞き直した。


「ソビエトのコミンテルンは桜会の残り、統制派、長州閥にスパイを送り込んでいる計画の意図は?彼らは国粋主義的で軍事独裁国家をつくるのが目的だが」


 猪俣博士は答えた

「あなたたち皇統派、それに近い考えの者立ちは北一輝先生の国家社会主義の人民による国家の樹立でそれはソビエトコミンテルンの意図していることではない。統制派をコミンテルンが操って我が国を共産主義国家にしてソビエトに対する脅威を排除するものでもない」


「真意は」


「レーニンの敗戦革命論だ」


「敗戦革命論とは」


「ロシアがそうなったじゃないか。日露戦争に負けて国民の不満はロマノフ王朝に向けられた。そこでロシア革命が起こったのだ。日本が支那に総力戦を行い、南進論で東南アジア諸国の英仏蘭に戦争を行い、あげくの果てに、アメリカが日本に戦争を仕掛ける。これでは『日本必敗』だ。日本が敗戦しかけの時にソ連が日本に攻め込む。そしてそこで日本に共産主義国家を樹立するのだ」


「…………ドイツはソ連と不可侵条約を結んでポーランドに攻め込み、フランスとイギリスは宣戦布告を行ったばかり。そうか……」


「ソ連はポーランドを敵と見なして共産化の対象とした。ドイツが占領したあと、ドイツはきっと負ける。ソビエトはそのポーランドをいただく」


「我が国陸軍は支那の国民党を潰せといっているが、本来潰すのは中国共産党のはずだな。おかしいはずだ。ソビエトは中国をいただくわけだ」


 猪俣博士は述べた

「それだけでなく、亜細亜諸国すべてだ。彼らの野望は世界支配。日本は日米開戦の道に進むだろう。そしてきっと総力戦になって国土は荒廃する。かならずキリの良いところで停戦させなければならない。私は日本が人民民主主義の国家になれば良いとおもうが簡単にはいかないだろう。ただソ連のコミンテルン支配下の共産主義者が日本を支配するのは不幸でしかない。ソビエトのトロツキーに行ったような大粛正が日本国民にも行われる。モンゴルは実際にそうじゃないか。ロシア民族は日露戦争の恨みで日本民族の根絶やしを狙っている。彼らやナチスが今ユダヤ人に行っているように」


「はあ……なんてことだ。長州閥のバカどもが。ヒトラーと手を組むなんて、アメリカを、より刺激するだけだ」


 猪俣博士は答えた

「先ほど申したとおり、私はそう長くはない。日本は必ず戦争で敗戦する。その時にコミンテルンの支配下にない国家として存続させることが必要だ」


「と申しますと」


「私には案がある。これは長岡中学校、和同会総力を結集して行う」


「猪俣博士、どのような案でしょうか」


「私が述べるメンバーを結集させよう。長岡中学に長岡中学校同窓会という名目でいい」


「その和同会のメンバーはだれでしょうか」


「まずは海軍から連合艦隊司令長官になった山本五十六先輩、外務省の重鎮・堀口九萬一先輩、そして元帝国大学総長小野塚喜平次先輩、日本石油社長橋本圭三郎先輩、そして君(小林順一郎)と私(猪俣津南雄)だ」


「我が国の政官財軍、それだけの和同会員を集めるには、多少苦労が……」


「そうだと思う。そう思って、私の担当だけ説明しよう。私は敗戦後の労働運動、左派政党の結集を呼びかけることにする。労働運動には私の弟子の高野実君から全国労働組合の指導者になってもらう。そして左派はコミンテルンの指示を受けない農民労働者政党の確立を目指す、それは早稲田大学で生徒にいた浅沼稲次郎君にその見込みがある。彼に労農政党の代表になってもらうのだ。野呂榮太郎君の慶應閥は怪しい。その師の野坂参三は要注意だろう」


「私の役割は?」


「戦後の保守政党の確立を目指すことである。人民の国家はまだ遠い。保守勢力を結集し北一輝先生の意志を伝えてほしい」


「その言質を持って皆を長岡中学に集めるということですか。分かりました。皆を説得してみましょう」

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