第98話 真実の目
昭和14年9月中頃 佐渡郡相川町
私(
多くの金採掘の労働者や承認で賑わっている。
三菱金属が経営するこの鉱山の金の産出量は世界有数のものである。
多くの人で溢れるなか、私たちは、
とある小さな料亭に宿を借りているらしい。
私たちは、
「吾妻」という料亭だった。
門付けを行い、料亭で茶をもらうと、瞽女唄を聞いていた病み上がりのような紳士と女性が私たちに声を掛けてきた。
偽名をつかって宿泊していた猪俣津南雄先生が、自ら私たち一行に声をかけてきたのだった。
それは小林順一郎氏の姿に気がついたからであった。
右翼の大物と左翼の大物の対峙である。
小林氏は本当に暗殺目的ではないかと危惧をしていた私であったが、それは取り越し苦労だった。何年も前からの友人のように肩をたたき合い、親しく話しかけた。
不思議だ。思想信条が違っていても打ち解けられるのかと。
私たちはこの旅館の奥座敷に入った。
警備は
佐渡に入って二週間、やっと会うことが出来た猪俣津南雄である。女性が付き添っていた。
会談は私、本間と小林氏、猪俣先生の3人で行うことになった。
なぜ私が入ったかというと、小林氏の直感だそうである。
右翼の大物の考えはよく分からないが、カンは鋭いようだ。
猪俣津南雄博士がまず世間話のような話から始めた。世界情勢などではなかった。
そして二、三会話を交わしたあとに先生は、私にこう言った。
「お嬢さん、佐渡の
「私は始めて聞きました」
「この相川には団三郎狸という狸の親分がいるそうだ。私は狸が化けているかもしれないよ」
小林氏が猪俣先生に言った
「禅問答ですから、面白いですね、いいでしょう」
「小林先輩は私より何年か長岡中学の先輩ですが、一つ伺ってみましょう」
「わかりました」
「長岡中学の校章はご存じですよね」
「もちろんですとも、柏の葉が三つ、真ん中に『中』の文字」
「その柏の葉の由来はなんでしょうか」
「もちろん知っています。長岡藩牧野家の家紋、
「そうですね。そう習いますね。でも長岡中学の紋と牧野家の紋は違うのです」
「なんですって?」
「牧野家の紋は『丸に三つ柏』『
「……」
「この長岡中学校の校章、気がつきませんか?」
「どういう意味ですか?なにをおっしゃっているのですか?」
「これはアメリカ独立宣言やフランス人権宣言、アメリカのドル札に刻まれた、ピラミッドに目がかかれた『プロビデンスの目』と同じ意匠なのです。三角形に『中』の字。『中』が目を表している。牧野家の紋にある丸がない。葉の形が三角形になっている」
「なんですって!まさか……ほんとだ……そう見える……」
「小林先輩、もう一つ宜しいですか?」
「ええ……」
「長岡中学の生徒会、『和同会』の和同の意味はご存じですよね」
「論語の『君子和而不同(君子、和して同ぜず)』です」
「その意味はいかがでしょう?」
「『思想信条は違ってもお互いを尊重し仲良くしよう』という意味です」
「それは長岡中学だけの意味ですよね。論語の解説で『君子は誰とでも和するが、道理にはずれたことには同じない、となっているはずです」
「はあ」
「井上円了先生が名付け親だと知っておりますよね」
「もちろんです」
「これは『Fraternity』(友愛、博愛、アメリカでは男子同窓クラブの意味でも使われる)の訳語として『和同』を当てたのだと思います」
「なるほど……」
「見えてきませんでしょうか?」
「うーん、よくわかりません」
「私が推察するに、『プロビデンスの目』『フラタニティ』博愛はフリーメイスンの教義ですよね。どこかで長岡洋学校、長岡中学校の設立に『フリーメイスン』関わったのではないかと。迷信ですかね?最初は慶応義塾の教科書を使っていたそうですが」
「偶然にしては出来すぎですな。ハハハ」
「私もホントかどうか知りません。ただ私はアメリカでロシア系ユダヤ人の妻がいました。長岡中学の校章を見せて『プロビデンスの目』だと言いました。そのことから思いついたのです」
「なかなか面白い話ですな、ハハハ」
※旧制長岡中学校は戦後、新制長岡高等学校になり『中』の字が『高』に変更された。
佐渡の団三郎狸は日本昔ばなしや、「平成狸合戦ぽんぽこ」で名前が出てきます。
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