第96話 天領杯を2杯
昭和14年8月末日 佐渡郡両津町の旅館
私(
小林氏は陸軍時代にフランスに駐在していたことがあるという。
社会主義研究の盛んなフランス人は賢い。ソ連には従わないだろうとスターリンはフランスを日本同様に敵視して、潰す機会を狙っているという。
スターリンの狙いはドイツのヒトラーを使ってフランスを潰す、という話らしい。
小林順一郎氏の貿易相手はフランスの会社であるから、ソ連やドイツの陰謀の情報が手に取るように入るという。
小林順一郎氏の話はつづく
「
「ひどい話ですね」
「猪俣博士と野呂榮太郎は10歳くらいしか年が離れていないが、ふたりで大論争をして多くの学者が参加して大きな話題になったんだ。※ 師弟関係なのにすばらしいね、師に堂々と意見を言うとは。野呂君は共産党の地下幹部として猪俣博士とは別々の道を歩くことになった。当時は共産党は非合法組織だから特高警察に眼をつけられていたんさ」
「逮捕された理由は?」
「共産党内部にいたスパイに密告されたという話だ。大泉という男だったかな。新潟で農民運動をしていたらしい。ただ野呂君はソ連の指令などの理論的な内容を知っていたものの、彼はソ連のスパイではない。とても優秀な男だ。さすが猪俣博士の弟子だ。特高警察は野呂榮太郎君をスパイだと思っていたんだろう。彼の居場所を密告した大泉という男もソ連のスパイではなくて特高警察の手先だった。本当のソ連のスパイはまだどこかにいる」
「猪俣博士の身は大丈夫なんでしょうか」
「かなり危ない。我々は猪俣博士を守るのが使命だ。彼は、我が国日本の運命の重要な鍵を握っている」
「でも
「かれは、真に我が国を良くしようと考えておる学者だ。亡くなったなった野呂榮太郎君も同じだ。北一輝君のように本当に改革しよういうものは殺される。猪俣博士も野呂君も学問で将来にきっと大きな遺産を残す人物だろうよ」
「小林さん、だいぶ酔いが周りましたね。猪俣先生は私達が守ります。佐渡の港は特高も眼を光らせている。そしてソ連のスパイの手先もいるでしょう。この島から出る手配はしている。まわりは海。海は海軍の出番」
「君は頼もしいね、さあ、明日は新穂の温泉に行くから、私は寝ることとするよ」
◇◇◇
昭和14年9月2日
一行は
途中で寄った庄屋のような農家の軒先で休んでいる時、農家の主人がなにやら騒がしい様子だった。
私は「なんかあったんろか」と聞いたらところ、
農家の主人は「ドイツがポーランドに攻め込んだらしい」と答えた。
小林順一郎氏は「ついに始まったか」とため息をつく。
「スターリンはヒトラーと先日手を結んだ。スターリンは反ユダヤ主義だから、ヒトラーとスターリンは根っこは同じだろう。さっそく始めやがったな。フランスもいよいよ危ない」
私(
※岩波書店から発刊された「日本資本主義発達史講座」通称「講座」
この著者を「講座派」と呼んだ。
猪俣津南雄と野呂榮太郎の論争は「野呂猪俣論争」と言われ、その後の「日本資本主義論争」と言われる論争に発展し、我が国の社会学研究の大きな足跡を残したといわれる。
今日までにおよぶ共産党と非共産党系社会主義(社会民主主義)との路線の違いはこの二人の論争から始まったともいわれる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます