第94話 夢の続き

 昭和14年(1939年)8月末

 

 第八佐渡丸は佐渡島に近づき、水津村(佐渡郡水津村・現佐渡市水津)の岬の灯台が見えてきた。

 陸の木々もはっきりと青々して見える。


 やはり船を甘く見ていた。船酔いでぐったりだ。

 私(本間花音ほんまかのん)は水筒に入れていたお茶を飲んだ。


 右翼の大物、小林順一郎氏は「荒木貞夫あらきさだお君と大川周明おおかわしゅうめい君から線香と蝋燭ろうそくを預かっている。まずは両津湊りょうつみなと(佐渡郡両津町『湊地区』 南側の街)に着いたら、北一輝きたいっき先生のお墓参りに行く」と言った。


 人物の名前を挙げられてもよくわからない。荒木貞夫……新聞で読んだような……

「今の(平沼騏一郎ひらぬまきいちろう内閣の)文部大臣だ」

 

 そうだったか。


 大川周明?

「右翼の大物だ」という回答


 ほんとに右翼の大物ばっかりだな……



「この船、前からバタンと板が降りて車が乗り入れする仕組みなのね」と宝剣乃亜ほうけんのあが私に言った。


「ノルマンディ上陸作戦みたいね」


 小林氏の目がピクッとして、こちらを向いた

「お嬢さん、今、なんと言った?ノルマンディ上陸作戦って」


 しまった。未来の話をしてしまった。しかし、私はこの「右翼の大物」からは「未来が見える瞽女の一行」だと思われている。まだ8月末。ドイツの開戦は教科書だとあと数日後……


「ドイツはまもなく戦争を始めます。第二次世界大戦です。先にポーランドに侵攻して、それからフランスに侵攻し、フランス全土がドイツに占領されます」


「ほう、それでドイツは戦争に勝つのかね?」

「いいえ、イギリスとアメリカの連合軍がヨーロッパへの反攻作戦を行い、その上陸地点がノルマンディです。最後にドイツは滅亡します」


「ほほう、君が見える将来はドイツの敗北か。そうか、わかった。なるほど。この話は『まだ』他の人には話さないでくれ」


「はい、小林さんを信用しているからです。だから、この話をしました。他の人にはまだ話しておりません」


「よし。もうすぐ着くぞ」


 佐渡の両津湊に佐渡汽船の船は着岸した。

 両津湊は多くの商店があって、非常に賑やかだ。

 なんでこんなに人がいるんだろう?


「賑やかですね」


 小林氏は

「そうだな。金の採掘で人足が大勢居て、賑わっているからな。相川の方もきっと賑やかだろう」と答えた。


「ああ、覚えています。こっちの方に八幡若宮神社があって……」

「そうそう、北家もこちらにあるから、ご挨拶に伺う。荒木(貞夫文部大臣)君から預かった線香と蝋燭はご実家の仏壇に供えることにして、私のものをお墓に持っていこう」


 佐渡の町並みは、北陸の町並みと違って屋根の向きが通りの方を向いている。


 新潟の本土などは屋根の傾斜は通りには向いていない。雪が落ちるからだ。佐渡は雪が少ない。まるで関西のような町並み、佐渡は西の文化なのだ。


 北家の商家を一行で訪ねた。


 家には小林順一郎氏が「荒木文部大臣から線香を預かってきた」と話し、一人仏壇にお参りすることとして、玄関で腰掛けて待つこととした。


 家人からお茶をもって来て、戴いたあとに、小林氏が驚いた様子で玄関にやって来た。


猪俣津南雄いのまたつなお君が、何日か前に、この家の仏壇に参りに来ている。君たち、すこし辺りを調べてきて貰えないか?お墓参りは私と……そうだ、宝剣君と行こうか」


 奥山少尉は、分かりました、と答えた。


「宝剣?あんた大丈夫?」


 小林氏は

「この子は武闘派と見える。銃の腕もいい、と言っていたからな、ハハハ」と…


 おいおい、宝剣乃亜アイツは、右翼団体の大物に認められた武闘派か……


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