佐渡へ渡る

第91話 佐渡へ渡る

 昭和14年8月25日頃


 私(本間花音ほんまかのん)たち瞽女ごぜの一行は、新潟湊とは対岸の沼垂ぬったりの街中のある木賃宿きちんやどに集まるように言われた。

 奥山佑おくやまたすく海軍少尉も同行している。

 田中菊松大佐からの指令と聞いていた。

 ある人物がそこに来るので、一緒に行動してほしいということだ。


 世界情勢は、ドイツとソビエト社会主義国共和国連邦が不可侵条約を締結し、新聞にも大きく載って、世の中、もちろん日満航路があるこの新潟港周辺も大騒ぎである。

「ドイツには裏切られた」

「日本は、ソ連との戦争が始まるのか?」

「ドイツのだまし討ちだ」

「中国とは戦争中、イギリス、アメリカとの関係も天津事件で悪化しているのにこれじゃ日本は世界中が敵になったじゃないか!」


そう、ソ連はドイツとの戦争を回避させ、シベリアと満州の国境付近の紛争で全面的に優位に立つというものだ。



 街角の人もその話で持ちきりだ。

 当然、ドイツに甘い夢をみて語っていた陸軍に対しても冷たい目は向けられた。


 田中菊松大佐から奥山少尉が受け取った内容だと、平沼騏一郎内閣は辞職し、山本五十六次官も海軍省を去る意向だ。この秋から「聯合艦隊司令長官」になると聞いた。


 私が未来、令和の時代の教科書に載っている「連合艦隊司令長官山本五十六」とわかった。

 私たちのへ指令は田中大佐が取り仕切っているが、その黒幕はよくわからないまま。

 たぶん巨大な力が働いている。


 私はだんだんと気がついてきた。これは日本を戦争を起こさないようにするためにする組織なのだ。

 私は未来の教科書で日本は戦争によって多くの尊い人命が失われたことを知っている。


 最初は、未来からタイムスリップしてきて、「歴史は変えてはならない」とずっと心に誓っていたが、これでその気持ちがなくなった。

 日本が戦争回避できるなら、それにたいしていかなる協力もしよう。未来に戻ることができないのなら。


 私たちが滞留している木賃宿に、紳士然として男性が来た。

 そして荷物を運んできた人足にお金を払って、その付きの者は帰った。


 私は、その紳士の眼光の鋭さから、ただ者ではないと直感した。


 私たちのいる座敷に腰掛けて、彼はこういった


「君たちは未来が見えるという不思議な瞽女か?」

「はい」

「まずは自己紹介をしようか。私の名は小林順一郎こばやしじゅんいちろう、よろしく頼む」

「奥山少尉、どのような方ですか」

「まあ、右翼団体の黒幕というか、大物というか……」


 右翼の大物!なんじゃそりゃーーーー


「君たち、瞽女へのお願いは一つ。私と一緒に佐渡に渡って人捜しをする」

「どんな人でしょうか」

「共産主義者だ」


 なんですとー!右翼が共産主義者を探すって、ただ事ではない


「ああ、端に座っているのが宝剣君とやらか。銃や武器、手榴弾の使い方が上手だとかと聞いている」


「拳銃や手榴弾は使えます」

「奥山少尉、その箱を開けてくれ」

「はい」


 お付きの者に持ってこさせた風呂敷づづみの箱を開けた


 拳銃、箱入りの実弾が山ほど、手榴弾、そして機関銃、機関銃用の弾薬ベルト

 私(本間)は目を丸くした。佐渡で籠城している共産主義者と戦争でも始めるか!


 宝剣はノンキだ

「わ!ワルサーP38 噂に聞いていたドイツの新型拳銃……すっげー!」

 目を輝かせている。


 こいつはいつから銃マニアになったんだよ。


 佐渡に渡って何をすればいいのか


※小林順一郎

新潟県長岡市出身。旧制長岡中学出身。

 元陸軍砲兵大佐。陸軍の近代化に対して上層部と対立し辞職。荒木貞夫と近く、退職後に事業で成功して財産を築き数多くの右翼団体の幹部であり、活動資金の提供者だった。皇統派だったと言われる。

佐渡の両津は北一輝出生の地で、右翼団体の聖地のようなものであるが、北一輝は社会主義者からも評価がある。





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