第89話 標的は重巡洋艦

 昭和17年10月26日 第三艦隊 旗艦 航空母艦翔鶴(南雲忠一司令官)


「司令官、電波探信儀に敵航空隊らしき機影があります 135度距離145キロメートル」

「了解した。直掩隊に敵機影の位置と会敵予想時刻を伝えよ、対空戦闘配置」

「対空戦闘配置、高角砲員、対空戦闘用意!」


 ◇

 重巡洋艦熊野 田中菊松たなかきくまつ艦長


「翔鶴から発光信号です。『敵編隊 機影らしきものを見ゆ、135度距離145キロメートル』とのことです」


「よし。両舷高角砲員 対空戦闘用意」

「対空戦闘用意!」


 ◇

 重巡洋艦熊野 九六式高角砲に戦闘配置の命令が下る  


「対空戦闘用意、今度は敵爆撃機の大編隊だ!」


「おい磯貝(一等水兵)、大丈夫か」

「はい」

「今度は弾倉がたくさんるからな、ちゃんと渡せよ」

「ハイッ!」


 ◇◇◇

 第三艦隊 零式艦上戦闘機 直掩ちょくえん


「会敵予測時刻……敵編隊です!」

「戦闘用意」


零戦の増槽が切り落とされた。

「行くぞ!」


 ブーンと降下していく


 九機の零式艦上戦闘機がF4Fワイルドキャットを捕らえた。

 ワイルドキャットは加速し、右旋回をしようとした。


 零式の搭乗員は光像式照準器の「十字」を敵機の少し前方に合わせ、

 翼内に備え付けられた九九式一号20粍機銃の発射釦はっしゃボタンを押す


 頑強なF4Fの右翼に機関砲弾が命中し、右翼がバリと千切れ飛んだ。

 F4Fは錐揉きりもみをしながら、回転して落ちていく


「1機撃墜!」

「油断するな、3時にSBDの編隊!」

「背後にF4!」


 操縦桿を目一杯倒し方向舵ペダルを踏み込む

 零戦の急旋回にはワイルドキャットは付いてこられない


 別の零戦がそのF4Fを捉えた。

「もらった!」


 光像式照準器はF4Fの操縦席に合わされていた。

 機銃の発射とともに風防のガラスが砕け散って、赤い飛沫が飛び、液体状に機体の後ろに流れていく


 他の零戦はSBDを捉える。後ろのガンナーが旋回機銃で応戦する。

 機体を揺らせながら、その爆撃機の操縦席に照準を合わせ、九七式七粍七固定機銃の発射釦を押す。

 ガンナーに命中し、その肉体はバラバラになって吹き飛び、風防の内側は真っ赤に染まった

 SBDはゆっくりと右側に逸れて落下し、海面に落下して、大きな水柱を立てた


 ◇◇◇

 USSホーネット 第8爆撃隊

「やられています!狙い撃ちです」

「隊列を崩すな!前の重巡洋艦CAを狙え!耐えろ!」


 ◇◇◇

 重巡洋艦熊野 艦橋 田中菊松たなかきくまつ艦長


「艦長!180度から急降下爆撃の編隊です」

「両舷最大戦速、取舵一杯!」

「とーりかじ いっぱーい」

「動揺に注意!」

「動揺に注意せよ!」


 ◇

 重巡洋艦熊野 甲板 九六式高角砲


 船体が急に傾いた。

 磯貝一等水兵はよろめいた


「このくらいでよろめくな!」

「撃ち方用意!」

「来るぞ!」

「当てようと思うな、敵機の辺り一面に打ちまくれ」

「ハイ!」


 ◇

 重巡洋艦熊野 艦橋 田中菊松たなかきくまつ艦長


「敵機、急降下!」

「両舷最大戦速、面舵一杯!」

「おもーかじ いっぱーい」


「撃ち方用意!」


 ◇

 重巡洋艦熊野 甲板 九六式高角砲

「撃て!」

 バン、バン、バン、バンと高角砲弾が発射される


「敵機、迫ってきます!」

「撃ち続けろ!」


 船体は右に倒れ込むように急傾斜した。

 その瞬間、目の前のSBD爆撃機から爆弾が投下された!

 目前に迫ってくる!

 

 磯貝一等水兵は一瞬「やられる!」と思った瞬間、艦は大きく右へ旋回し、

 まるでスローモーションの様に船体の左側に外れて海に落ちた。


 海面に落ちた爆弾はドーンと大きな音をたてて水柱を上げる。その振動が伝わり、バシャーッと海水が甲板に降り注ぐ。


 ◇

 重巡洋艦熊野 艦橋 田中菊松たなかきくまつ艦長


「至近弾、被害状況を報告せよ」

「負傷者なし!艦内異常ありません!」

「よし!対空戦闘を継続」

「了解!」


 ◇◇◇

 USSホーネット 第8爆撃隊

「くそ!あの重巡洋艦CAけやがった!」

「あの重巡を集中攻撃できるか?」

「空母に集中すべきです」

「わかった!」


 ◇

 重巡洋艦熊野 甲板 九六式高角砲

「対空砲員、翔鶴に突入する爆撃機を狙え!」

「了解!」

 バン、バン、バン、バン……

 と高角砲弾が上空のSBDを目がけて炸裂する


 そして、その弾幕を逃れた急降下爆撃機が翔鶴に迫ったと思った瞬間、

 ドーンと音がした、続けざまに4発……


「翔鶴が被弾した!」

「ひるむな!撃って、撃って、撃ちまくれ!」


 磯貝一等水兵は空になった弾倉を受取り、次の弾倉を前に渡す。

そして装填する。

 硝煙と鉄の焼けた臭いが、辺りに漂う

 ◇◇◇


 第三艦隊 旗艦 航空母艦翔鶴(南雲忠一司令官)


「後部飛行甲板に被弾!」

「消火を急げ!被害は!」

「負傷者出ています、火災発生中!1缶使用不能です、速力31ノット、低下中」

「分かった、翔鶴飛行隊は瑞鶴へ着艦せよ」


「現在、本艦の無線は受信は可能ですが、送信不能です!」

「駆逐艦嵐に代行送信させろ」

「はい」


「翔鶴は北西へ退避、(駆逐艦)嵐に第三艦隊の指令部を移乗する。航空戦の指令は角田覚治かくたかくじ第二航空戦隊に委ねる」

「了解しました」


 ◇◇◇


 重巡洋艦熊野 艦橋 田中菊松たなかきくまつ艦長


「翔鶴は退避するとのことです」

「やむを得まい、虎の子の空母だ。本艦は瑞鶴を援護する」

「了解!」


 ◇

 重巡洋艦熊野 甲板 九六式高角砲


「おい磯貝、なんとか敵は去ったな」

「山田先任、ありがとうございました」

「お前もよくやったぞ」

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