第75話 狙撃計画

 山本五十六次官は私服姿で長岡駅に到着した。

 警備の軍人が周りを撮り囲む形で、改札口を出て駅の正面を出る。

 夏の夕暮れ、特に目立った様子ではない。


 警備の海軍軍人は辺りを見た渡すが、特に目立った様子はない。

 駅からそれほど遠くない山本次官の自宅へはタクシーを手配している。

 そしてタクシーの入れない路地の前で止まり、そこから歩く。


 助手席に1人、後部座席に挟むように座る。

 ここまでは何も変わったことはないかった。




 田中菊松たなかきくまつ大佐と宝剣乃亜ほうけんのあ奥山佑おくやまたすく少尉と本間花音ほんまかのん石崎いしざきタツは途中の路地を歩く。

 石崎は目が見えない分、聴覚と人の会話を聞き取る能力が優れている。


 本間と石崎は組みになって、人の会話を拾いながら通りを歩いた。


 石崎タツは何かを感じた。山本次官の、この訪問は極秘であった。

 通りの人混みの会話で「目標が到着」という話し声を拾ったのだ。


 「奥山さん、今、男の人達の会話で『目標』というのを聞いたで」


 「そいつらは今すれ違った2人連れか?」

 「そうみてぇらな」

 「よし、本間君、君だけ振り返って後ろを見てくれ」

  本間は振り返った。


  たしかに着物を着た男二人が歩いていった。

  雪駄を履いているようで、カチカチと下の鉄の鋲の部分が石に当たって響いている。


 「長い竿のようなものを風呂敷に包んで……」

 「わかった、静かに尾行しよう」と小声でささやいた。


 「本間君、石崎さんを置いてけぼりにしないように」

 「わかりました」

 


 一方、田中大佐と宝剣は、山本次官の実家の附近で暴漢が隠れられるような建物がないかを見回った。


 一軒ほど、小路に面して空き家がある。

 この家の生け垣から狙うのは厳しいのではないかと田中大佐は考えた。


 宝剣はふらふらっと、山本五十六次官の実家の入口付近から、振り返ってその空き家を見た。人が住んでいる気配はないが…


 「ビンゴ」

 「どうした、宝剣君」

 「あの家の生け垣に少し隙間がある。そこから便所の下に小さな窓がある。ここから見えるでしょ」

 「ああ」

 「山本五十六次官の身長はたしか160㎝くらい」

 「そうだな」

 「私の身長もそのくらい。あの空き家の便所の下窓から狙える」

 「うむ、一つの候補か…」


 そうしばらくしたら、男二人がこちらに向かってきた。そして後ろに私服の奥山少尉と本間、石崎が後ろから尾行いてくる。


 「彼らを尾行していたのか、宝剣くん、尾行を止めて、折り返すように伝えてくれ」


 「はい」


 宝剣は本間の元に駆け寄り、

 「花音かのちゃん、こっちこっち」、と声をかけて、脇道に逸れるように誘導した。

 

 そして三人に聞いた。あの二人の男が怪しい、というので尾行したという。


 宝剣は本間に石崎を連れて、先ほどの空き家の裏手あたりに行き、瞽女の門付けのフリ頼んだ。


 そして石崎の耳の良さを利用して、不審な男達の会話を把握するよう頼んだ。奥山少尉は合図役だ。


 男二人は空き家に入っていった。予想したとおり。


 「宝剣君、やはりあの空き家から狙撃でもするつもりだ」


 でもあと数分で山本次官はここに到着する。

 もう時間がないのではないか?


 「あ……」田中大佐が小さくつぶやき

 「宝剣くん、あのトイレの大便用の下窓に銃口らしきものが」

 

  この空き家の便所は小便用と大用の二つあり、小便用の窓は上にある。

  大便用の便所には下に小窓があった。

  その大便用の下の小窓が開いて、銃口が見えた。

  小便用の窓から人の顔がチラと見えた。


  狙撃手は2人。便所に隠れている。狙撃手の手口だ。

  一人は監視、そして一人は狙撃。

  仕事を終えて脱出するのにもう1人がいるはずだが……

  

  そう思ったら、この空き家の玄関にもう1人男が張り付いた。

  

  これは完全に本職の仕事ではないか?陸軍の狙撃の訓練を受けたものか?


  どうすればいい……田中大佐は作戦を考えるが……

 「射線を遮る形がいいか……」

 「それとも……もう時間がない。あの前に立ちはだかるか……」


  宝剣乃亜がその時に言った。

 「だれかが犠牲になるでしょ?」

 「仕方がない」

 「それで男を逃がしては元も子もないでしょ、あと1分くらい……あ、言い考えがある!」

 宝剣は足音を立静かにその家の裏に回った。

 

 「奥山君、君は射線を遮る位置を確保できるように準備してくれ。私(田中)は宝剣を追う」



 田中大佐がゆっくりと足音を立てずに便所の裏に回る宝剣を追った。

 そして静かな声で聞く

 「君は何をするつもりだ」

 「私は便所の汲取りをずっとやってきたから、便所の構造はわかる」


 「へぇ」

 宝剣は、また手榴弾を取り出した。

 この子は爆弾魔か?いくつ持っているんだ?


 「大佐、ダッシュしてあの便槽の蓋を開けてくれる?」

 「どうするんだ?」

 「あの便所は小便と大便用の便槽が下でつながっている。そして床は板1枚。この強力な手榴弾を便槽に投げ込む」


 おいおい…………


 「投げ込むと同時に蓋を閉めて。そしてこちら側に来て。便槽の蓋が飛ぶかもしれないから。ただボットン便所だから、爆風の威力は開口部がある上に向かう」


 「まあ、やってみるか……」

 

  奥山少尉が山本五十六次官の姿が見えた合図をした。


 「次官が来る前に済ませましょう!」

 「君のいうとおりやってみるか」

 「じゃ、3、2、1……はい!」


 田中大佐が、さっと走ってその空き家の便所の外に行って便槽の蓋を開けた。

 中の男達も何か「ん」と異変を感じたようだ。

 

「いくわよ!」宝剣がつぶやく

 宝剣はすでに手榴弾のピンを抜いていた。

 そして便所の外の壁で手榴弾の頭を叩き、ポイッと便槽の中に手榴弾を投げ込んだ。


 「蓋を閉めて、一緒にこっちに逃げて、伏せる!」

 「わかった!」

 二人は飛んで地面に伏せた。


 ドン!と大きな音がする。便槽の蓋もボンと持ち上がってパタンと倒れた。蓋は上に飛ばず済んだ様子だ。二人の腹に手榴弾の爆発の振動が伝わった。


 便所の窓から煙がボン!と吹き出した。

 


 「ぐわっ!」「グエッ」と中で叫ぶ男の声がした!

  爆発と同時に空き家で老朽化した便所の床が抜けたようだ。


 ドボン、ドボンと二人が便槽の中に落ちる音が響いた。


 「うおー……ぐえー、くっせー」便槽に落ちた男達の叫び声が響く。


 見張りは、「しくじったか」と口走って急いで逃げていった。


 山本五十六次官は、この場を「なんだ?」と思いながら急いで通り過ぎた。

 便所から煙がモクモク上がっている様子を見た山本次官は「クスッ」と笑ったように見えた。


 「作戦成功!」宝剣は小さくガッツポーズをした。


 田中大佐は言う、


 「まだ気は抜けない!作戦続行だ、警備を続けるぞ!」


 しかし……恐ろしいことを考える子だ、と田中大佐は思った。

 


 



 


 

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