第66話 満蒙国境紛争

 東京 日本石油株式会社 社長室に、

 今は石油王から金融財閥となっている山口誠太郎やまぐちせいたろうも会議に加わった。


 父親の達太郎たつたろうが操業した新潟鐵工所は、日本石油の系列会社として石油産業の伸張により、工作機械、鉄道車両、造船などの分野に進出し、船舶用ディーゼル機関を始めて開発するなど大きな成果を上げていた。

 北越製紙などの製糸業、新潟県内での電気事業とその発電を利用してくず鉄を製鉄する事業なども伸びていた。日本石油から生じたアスファルトで日本鋪道(現NIPPO)を浅野財閥とともに創業していた。

 安田財閥とともに信託銀行を設立し、さらには製糖業にも進出を果たしている。


 製糖業を通じ、海軍調査課長の高木惣吉たかぎそうきちからのつながりで、元会津藩士の松江春次まつえはるじが起こした南洋興発なんようこうはつ、そして新潟県南蒲原郡の三条町さんじょうまち出身の北海道の室蘭にある栗林商船くりばやししょうせんを中心とする栗林財閥との関係も深めていた。


 そしてなにより、山口誠太郎の人脈は、府立四中(現在の東京都立戸山高校)、第一高校、そしてハーバード大学にあった。

 府立四中は市ヶ谷にあり、陸軍幼年学校に近く、陸軍士官学校に進学する者も多かったため、陸軍内部に人脈があったのである。


 山口誠太郎からは、今回のソ連との国境紛争は、陸軍参謀本部の意向を無視して、関東軍参謀の一部が勝手に物事を進めていて、陸軍参謀本部は激怒しているということである。

 ソ連の実質の傀儡かいらいとなっているモンゴルに対して、越境の空爆を行ったという情報も入っており、これが陛下の逆鱗に触れ、激怒して、付属武官の畑俊六はたしゅんろくを呼びつけて、厳正に処分しろと命令を下しているとの情報も入っているとのことだった。


「ソ連は満州国との国境線の軍備を増強するでしょうな」

 堀口九萬一ほりぐちくまいちは意見を述べた。


 そしてつづけた

「ソ連はここで日本とのすぐにでの対立は望まないが、北樺太の油田に対する圧力は強まるのは確実だ。権益返還の話もでるだろう」


 日本石油の橋本圭三郎は言う

「北樺太での産油はソ連の妨害工作でいまでさえ芳しくなく、また先細りとなり、我が国の石油資源はいよいよ枯渇に近づいている」


 中里重次なかさとしげじ北樺太石油元社長は言う

「そこで南進論か」


 堀口九萬一はつづけた

「ここでソ連は日本とドイツと二正面での闘いはするつもりはないだろう。ドイツのソ連への圧力が強まっているだろうから、対ドイツとの兵力を整えるため3年、いや2年くらいドイツと戦争をしない方策を打つことが考えられる」


 山口誠太郎は

「満州とソ連の紛争の国境は、関東軍の一部のバカのおかげで軍備増強を図って膠着するだろうから、ソ連にとってはドイツに対しても兵力を増強する良い時間を与えるだろう」


 山本次官は尋ねた

「ドイツとソ連が手を結ぶとでも?堀口先輩」


「間違いない。独ソは相互不可侵の約束をするだろう」


「となると、日独防共協定は水泡に帰すか……」


 山口誠太郎は答えた

「陸軍上層はまだ、日独同盟は諦めていない。ここで棚上げだ。日独同盟なんて話になったらアメリカとの関係が崩壊して、石油産業は壊滅。日本の産業も壊滅となる」





南洋興発

かつて日本領だったサイパン、グァムなどで砂糖の製造を行っていた会社

山口誠太郎は日本甜菜製糖の初代社長に就任するが第一次大戦後に恐慌のため明治精糖(現在の明治製菓)に吸収された。

山口家は北越鉄道建設の当時から渋沢栄一とつながりがあった。

南洋諸島との航路は栗林商船の参画によるものが大きい。


栗林商船

いわゆる三条商人(新潟県三条市付近をルーツ)とする栗林五朔くりばやしごさくが北海道室蘭で起業した商船会社である。登別温泉などの開発などもおこなった。

現在においても北海道と本州を結ぶ航路では主要な会社である。

また日本がかつて太平洋諸島にもっていた島々とは、戦後の独立後に「南洋貿易」を設立して現在でもその関係を維持している。

戦前の競走馬で有名な「クリフジ」の馬主は栗林財閥である。


※北海道三大「三条商人」と呼ばれるのは、丸井今井呉服店(丸井今井)、栗林商船、笠原文平(札幌の味噌、旭川のキッコー日本などの醸造事業主)

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