第65話 北樺太油田の利権

 日満連絡船は、新潟の港に着くたびに、たくさんの白木の箱を運んでくる。

 先日の憲兵隊との市民の衝突は報道に伏せられていた。

 だが、次第にその余波は広がっていく。


 憲兵分隊の建物を、木刀や手製の銃剣をつけた市民が取り囲む。


「直ちに解散しろ!」

「支那戦線帰りの俺たちが、おまえらヒヨッコの憲兵と白兵戦で負けるつもりはない!」


 いくら拳銃を持っている憲兵といえども、古参兵の銃剣との白兵戦となると不利だ。


威嚇いかく射撃しましょうか?」

「バカ、そんなこととやったら突撃される、……撤収せよ」


 その憲兵分隊の建物は焼き討ちにあった。メラメラと燃え、火の粉が舞い、多くの野次馬の市民があつまっていた。憲兵隊の威厳も地に落ちた。

 しかし報道管制は続いて、このような騒乱、一揆は報道されてはいない。


 ◇◇◇


 東京 日本石油株式会社 社長室


 橋本圭三郎はしもとけいざぶろう社長は、山本五十六次官と面会していた。

 北樺太石油株式会社 中里重次なかさとしげじ元社長も同席している。

 中里社長は元海軍軍人であり、山本五十六次官とは古くから知己があった。


 すこし遅れて、堀口九萬一ほりぐちくまいち氏が部屋に通された。


 外務省の重鎮であり 和同会員(旧制長岡中学同窓)山本次官の先輩である。

 堀口氏は、明治16年入学。前東京帝国大学総長 小野塚喜平次おのづかきへいじと同期(旧制中学)の入学である。


 現在は外務省の委嘱を受けた文化使節と活動しているが外務省内部の情報を得ることができた。


「どうも北樺太油田でのソ連の動きがおかしい、海軍上層部は何か情報を得ているのか」

 中里社長は山本次官に尋ねた。

「国境紛争はたびたび起こっているようですが、今回は関東軍の動きが少し違うようです。どうも統制が取れた作戦を行っているとは思えません。外務省は何か掴んでいるのか」


「シベリア鉄道でのイルクーツクで多くのソ連兵が東側に移動している様子が報告されています」

「大規模な戦闘があったのだな。スターリンは東に軍隊を進めているのか」

「陸軍は何を隠している?」

「なにか大きなことをしでかしたものと思われます」


「あの陸軍のバカどもが!、樺太の大事な油田の権益を失ったらどうなるんだ!」

 日本石油 橋本社長は窓辺に立ち、拳で壁をドンと大きく叩いた。



※和同会 長岡洋学校から現在の新潟県立長岡高校までの同窓会

     論語の「君子和而不同くんしわしてどうせず」から

     初代会長は、井上円了(東洋大学創立者)

     橋本圭三郎、堀口九萬一、小野塚喜平次、山本五十六は同窓である


※北樺太油田株式会社 日本石油株式会社などが樺太北部(ソ連領)で開発した油田

     を掘削し製油する国策企業である。海軍と関係が深く歴代社長は海軍軍人

     であった。日本石油、橋本社長は取締役として参画し帝国石油総裁になっ

     た際に北樺太油田は帝国石油に吸収された。

     この時点の社長は左近司政三であり、終戦に貢献した海軍軍人である。


※ 堀口九萬一 詩人の堀口大学の父で外交官

        外務省では日の当たらない場所を歩いたといわれるが、

        国粋主義団体「明倫会」の理事になるなど、

        よく解らないことも多い

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