ソ満国境の夕陽

第62話 同窓会

 昭和14年7月ごろ 海軍省


山本五十六次官室


 コンコンコン


「田中(菊松大佐)です」


「入れ」

山本次官の声がした


「次官、なんの御用でしょうか」

「まあソファに腰掛けたまえ」


 田中菊松大佐は、山本五十六次官と向かい合う形で次官室のソファに腰掛けた。


「東京和同会のことだが……」


※和同会とは旧制長岡中学の生徒会・同窓会のこと


「その件でしょうか」

「君が小野塚喜平次先生(前東京帝国大学総長)への招待状を出していなかったことから名簿と招待先を確認させてもらったのだが」


「なにか問題でも」


「島峰徹先生にも招待状を出していなかったじゃないか!」


「入学名簿にはありましたが、転学したのか不明でして」

「ばかたれ!東京高等歯科医学校校長(現在の東京医科歯科大学)だ、海軍軍医学校の先生をしてもらっていたのに、何を考えているんだ。代々長岡藩医でお世話になっている」


「申し訳ございません、早急に案内状を出します」


「それと、だ・・・」


「他にもございますか?」


小原直おはらなおし先輩にも招待状を出してないじゃないか!」


「あの人はわが中学の先輩といえども、シーメンス事件の担当主任検事で、いわば『海軍の敵』です」


「このおおばかたれ者が!小原直先輩は職務に忠実な優秀な司法官僚だ。シーメンス事件は山県有朋・長州閥が山本権兵衛元帥を追い落とす陰謀だ。小原先輩を呼ばないとは、私が先輩から何を言われるかわからん!早急に頭を下げて招待状を持っていきたまえ!」


「そうなんですか?申し訳ございません」


「小原先輩は、日石、橋本社長(日本石油橋本圭三郎社長)で書生をしていたし、英国大使だった吉田茂君とは外務次官の時に司法次官をしていて非常に仲が良い。吉田君は大物になる。君もなにかあったら小原先輩に相談しなさい」


「申し訳ございません、早速謝罪に行って参ります」



 ※小原直氏は、昭和14年8月末に発足した阿部信行内閣で司法大臣に登用される予定だったが、長州閥の反対、横やりにより、内務大臣、厚生大臣となった。戦後首相になった吉田茂氏とは親交があり吉田内閣で司法大臣に入閣している。旧制長岡中学校から共立学校に明治25年編入


※シーメンス事件 シーメンス商会と海軍との汚職事件、小原直主任検事の捜査で三井物産とヴィッカース社との汚職問題も明るみになる。日露戦争後に日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を海軍が破ったことから国民の海軍に対する人気が高まり、海軍薩摩閥が勢力を増していた。陸軍に基盤を置いていた山県有朋を筆頭とする長州閥が海軍の弱体化のために仕組んだものと現在では評価されており、陸軍長州閥の増長、強大化につながった。

 第二次大戦の遠因が長州閥と言われるゆえんである。

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