第61話 帰還

 この作戦開始以来、峠、谷、峻険しゅんけんな地形に阻まれて山砲の援護はままらなず、夜襲、払暁攻撃の息をつく間のない戦闘の連続だった。


 この付近の戦闘の戦死者

 清水茂二等兵、吉沢元一二等兵、坂口功二等兵、長田丹治二等兵


 急峻なこの地形で連れて戻ることはできず、荼毘に付して江西省に眠る


 10月8日

 大隊命令により、

大盤山だいばんさんを占領し、部隊の苦竹嶺通過を容易ならしむべし」との中隊命令が下った。


 大盤山の頂上の敵陣で、敵が動いているのが双眼鏡で見えた。


 私(宝剣信一ほうけんしんいち一等兵)の小隊は夕方4時過ぎに行動を開始

 明るい中に少しでも敵陣に近づこうと田んぼを一直線にある遺体。


 しばらくして暗くなり、道路を進む

 道ばたに光る線みたいなものがある


 敵の通信線だ


「切りましょうか」

「切るとこちらの行動が曝露する。切るな」


 麓に近づくと大盤山がそびえ立ち、暗闇にうっすらと浮かんでいる。頂上が目標である。

 暗闇の中を経路を間違わないようにまっすぐと小隊は進んだ。

 斜面は急勾配で非常に険しく雑草が茂り、時々断崖がある

 雑木につかまりながらよじ登る


 各分隊長はよく部隊を掌握し、静粛に行動した。

 そして頂上の直下に到達する。


 小銃に着剣、弾を装填し、突撃体制を整えた。


 攻撃予定時刻は24時

 指揮班隊長の命令が下る


「突撃!」

 一気に敵陣に流れ込むが、すでにもぬけからだった


 敵は我々の到達を察知し、退却をしていたのだ。


 直ちに警戒配備を終わり、中隊の主力に大盤山占領を伝えた


 9日に苦竹嶺の麓にいる敵を発見し撃退する


 贛湘かんしょう会戦の幕が下りようとしている。


 湖北省と江西省へ通じるこの山岳の経路を確保


 多くの戦友の英霊をこの地に残して帰還行についた


 水路に落ちた敵兵の遺体、心労と安堵で睡魔に襲われるなかで朦朧としてあるき続けた。

 敵兵の亡霊のような姿がまぶたに浮かぶ


 眠りにつくと、死んだ戦友の笑顔が夢に出た

 はっと起きて、「おまえ、生きてたのか!」と声を掛けようとしても、その姿はなかった。

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