第59話 鳥石山系攻略作戦

 昭和14年10月4日

 私(宝剣信一ほうけんしんいち一等兵)の第3中隊の小隊は、南楼嶺なんろうれいを占領した後に、桃樹港とうじゅこう付近に転進し、爾後じごの通過を用意ならしめるため、鳥石山系ちょうせきさんけいの要点、苦竹嶺くちくれい付近の大盤山だいばんさんの敵陣地を夜間奇襲して奪取することを決した。


 第一大隊を前衛とし、8日、薄暮はくぼ攻撃及び、翌日払暁ふつぎょう攻撃と連続した夜襲戦闘で攻略する。


 疲労しきった将兵は、みな疲れた体にむちを打って苦竹嶺に向かう。


 尖兵せんぺい中隊であった第4中隊は、鳥石山付近の敵を攻撃するため途中より分進むを命ぜられ、変わって第三中隊が尖兵となった。


 これにより大橋少尉の小隊を派遣することにし、中隊命令が下達された


 第3中隊命令

 一、苦竹嶺東西高地一帯には敵陣地あるも詳細は不明。

 二、大橋少尉は部下小隊を以て直ちに出発し、明九日、黎明までに大盤山を占領し、部隊主力の苦竹嶺通過を容易ならしむべし。


 注意、隠密に行動して企図を秘匿し、無益な戦闘を避け一意目的達成に邁進するを要す


 苦竹嶺の登り口までの約2キロメートルの地形は、左は田んぼ、右側は饅頭形の山が連なり、その脚を縫うように小道が蛇行してすすみ、守備する敵には絶好の地形である。


 夜、虫が鳴いている。これは祖国と同じ声だ。その虫の音に心を配りながら、至厳の警戒で夜の小径を進む。

 鉄兜は夜露に濡れている。

 空には下弦の月

 秋も深まり冷気が漂う


 幸いにも、敵の抵抗を受けることなく、登り口手前の約100メートル付近に到着した時、あけぼのが見えて世が明け初めてきた。


 しかし霧が深くて見通しはきかない。

 霧が流れるのを待つためにしばらく待つが、霧が薄くなったと思うと、また濃くなり、霧はなかなかれそうになかった。


 その時、霧が薄らいで居る中、敵の将校以下、5名、前方約4~50メートルの田んぼを横切って、無警戒に歩いているのを見た。


 彼らは我々の姿に気がつかない。


「撃ちましょうか」

「撃つな、撃ってはならない。われらの位置を曝露ばくろすることになる」


 彼は過ぎ去った。


 だがその瞬間、警戒にあたっていた兵が叫ぶ


「右こぶ上に敵がいる!すぐ上だ!」

「全員着剣、突撃!いくぞ!」

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