苦竹嶺の挽歌

第55話 序・夜襲

 昭和14年9月25日の払暁、南楼嶺なんろうれいを聯隊は通過した。

 私(折笠巳之吉おりがさみのきち)は、第三中隊長の折笠政雄おりがさまさお中隊長と同じ名字で紛らわしいということで、聯隊本部直轄に配置になっていた。

 聯隊は白沙嶺はくしゃれい 、大坪(郷)(通城県)附近の敵を撃破して要点を確保し、前進方向に対する敵状、地形を捜索して次期作戦を準備中であった。


 この時、桃樹港(現在の中国表記では桃樹河との表記もみられる)の野戦病院が敵襲をうけつつあり、この野戦病院の撤収を援護すべく命令が下った。

 昨晩の激戦を経た白沙嶺を再び通過して、桃樹港にむかった。


 聯隊は17時に南楼嶺南方約3キロの集落に到着して炊飯を行った。


 一、南楼嶺の敵状はつまびらかならず

 二、第三中隊は今夜2時30分までに南楼嶺東側の高地を占領すべし

 三、機関銃1ヶ小隊、4号無線1を配属す


 部隊は南京米(長粒種の米)の飯を生姜しょうが粉味噌こなみそで腹一杯食べて出陣した。

 敵状も地形もわからない。

 前進あるのみ。


 道路を前進すれば敵と遭遇することは必至。

 無駄な戦闘は避けなければならない。

 障碍物しょうがいぶつを突破し、所命の時間まで高地を奪取しなければならない。


 進行方向にある川も川幅3メートルあまり。水深も1メートル程度、両岸の断崖は1メートル程度であり難なく渡河できた。


 暗夜の行動であるので、中隊長は白襷しろだすきを十文字、小隊長は白襷を袈裟懸けさがけ 、分隊長以下は白布を鉢巻きとした。


 この先の断崖をよじ登れば、中腹の苦竹嶺くちくれいに通じる小径こみちである。この附近には点々と壕があった。


 この壕の敷き藁はまだ温かく、さきほどまで敵が居た気配がある。

 敵の警戒陣地らしく、我々の部隊が近接するのを察して後退したものと思われた。

「中隊主力は前方高地に突入する。残余は小径に沿う地区に集結して後命を待つ」


 我々の部隊は、小銃に弾を込め、着剣して静かに進む。


 中国語で、時々、「誰何!」と問う声。すぐ近くにいる。

 答えずに静かに前進して苦竹嶺の頂上に達した。

 24時。

 周りは霧が深く、全く何も見えない。


 しかし何かがおかしい。

 風が吹いて、霧が晴れると、この道の両側に敵の陣地がある。

 機関銃を据え付け、我々の部隊は挟み撃ちの状態であることを悟った。

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