第53話 密命

 刈羽郡横澤村かりわぐんよこさわむらにある山口邸に入ると、それはそれは大きな庭がある。これは公園ではないかと思うくらいの広さだ。

 手入れの行き届いた庭木に燈籠

 いかにも豪農の屋敷である。

 

 そして私たちは、客人が通される部屋に案内された。


 立派な造りの建物。300町歩地主というがこれより大きな地主はまだ新潟にはいる。ただ様々な会社を立ち上げ、その利益で莫大な富をもたらしていた。


「おカノちゃん、おノアちゃん、久しぶり」

「あれ、(二瓶)ツルちゃん、なんでここに?新潟古町の置屋にいたんじゃ?」

「ふふ、ここに呼ばれたのよ」

「あなたはいったい何者?」


 そこに奥山少尉が入ってきた。

「みなさんお集まりのようで」

「伊賀の忍者の奥山さん、ツルちゃんも忍者なの?」

「ちがいますよ」


 奥山少尉が説明する

「二瓶ツルのお爺さん、会津の玄武隊げんぶたいの一員でね」

「白虎隊?」

「玄武、朱雀すざく青龍せいりゅう、白虎とあって、白虎は若い武士たち。玄武はお爺さんたちだな」

「会津藩が津軽に移封いふうされたとき、私の家は帰農きのうした(武士から農民となること)。私の家はもともとは会津藩士の足軽。会津戊辰戦争の時、私の祖父が危機になったとき、長岡藩士が助けてくれて……」


 奥山少尉が続けた

「そう。二瓶ツルの家はずっと会津若松で長岡藩士のお墓を掃除して守っていた」

「山本帯刀公の家が再興し、またお仕えできるのは、元藩士にとって名誉なこと」

 二瓶ツルは拳銃を見せた。


「なんであんた銃を持ってんのよ!」

「あんたたちも、このお屋敷の裏山の奥の方で銃の使い方を覚えるのよ。このお屋敷の山はとても大きいから、銃の音は周りの村人には聞こえない」


 女子高生JKに拳銃か……「セーラー服と機関銃」という映画はあったが……

 奥山少尉は、「ブローニング拳銃」(ブローニングM1922)と言っていた。


 ◇◇◇


 東京市芝区白金 山口家邸宅


 有田八郎外務大臣、駐日アメリカ大使館ジョセフ・グルー大使

 山本五十六海軍次官との会談が開かれた。

 そしてスタンダード(バキューム)石油日本支社、日本石油社長橋本圭三郎もオブザーバーとして同席した。


 有田八郎外務大臣はグルー大使にまず故斎藤博大使を、礼装巡洋艦アストリアで亡骸なきがらを帰国させていただいたことに篤く礼を述べてこう言った。


「グルー大使、貴殿は共和党支持者であったことから申し上げますが、民主党ルーズベルト大統領が容共姿勢(ソビエトの共産主義に寛容)であり、ソビエトの思うつぼです。ソビエトは我が国日本とアメリカの関係を悪化させようとしています。斎藤君は非常に優秀な外交官でその事実を掴んでおられていたものだと思います」

「たしかにルーズベルト大統領はその傾向が見られます」

「我が国でも、板垣征四郎大臣をはじめ、大島浩駐独大使はドイツに夢をみておりますが、ソ連の罠にはまっているものです。イタリアにいる白鳥敏夫君は、とても正気とは思えません。見る限り躁うつ病と思われ、誇大妄想、変な宗教にはまり、正気ではありません。白鳥は陛下の命令も無視して勝手なことをやる男です。さらに困ったことに、我が国陸軍上層部とドイツとが極秘でおこなっていることも私たちは察知しており、その内容はすべてソ連に筒抜けになっています」

(実際にゾルゲ事件で明るみとなる)


 グルー大使は言う

「私にどうしたら良いものか。このままだと日米は決定的に対立し最悪の事態に陥ってしまう」

「アメリカは国内にいるソ連のスパイを洗い出すべきです」

「日本政府もソ連のスパイを洗い出すのか?」

「ええ、特高(特別高等警察)はただちに動くでしょう、ただ気にかかることが」

「それは何だね」

「私、有田と山本次官に対して、右翼をつかったプロパガンダを陸軍右派が進めているのです。それがまったく邪魔でならない」


 スタンダードオイル日本支社長も言う

「アメリカにとって日本の石油市場は大事なものだ。彼ら右派の動きは我が国の国益を害する」

 日本石油社長も答える

「オランダ領インド(現インドネシア)においても、スタンダードオイルは重要な地位を占めております。陸軍はアメリカがダメならオランダと交渉すれば良い、と言ってますが、まったく馬鹿げている。オランダもアメリカに同調するに決まっている。我が国への石油輸入は止まり、我が社はもちろん、我が国の産業が止まってしまう」


 有田外相は

「日米関係の悪化は絶対に阻止しなければならない」

 グルー大使も

「私も同意見である。私は本国(アメリカ)に本年帰国し、日米関係の重要性を説いて説得してくる」と約束した。

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